
森林の中でGNSSは使えるのか? — 林野庁の手引きが決めた「到着から1分・10エポック平均」と、floatが続いても3分で切る運用
使えます。ただし手順を決めた場合に限ります。
林野庁が令和5年3月に公開した『収穫調査における高精度GNSS活用の手引き』は、森林内での測位を「機器の性能」ではなく時間の使い方で成立させています。測点に着いてから1分待つ、10秒・10エポック以上の平均を採る、fixが返らなくても3分で切り上げる。この3つの数字が手引きの背骨です。
この手引きは何を決めたものか
『収穫調査における高精度GNSS活用の手引き』は、令和4年度「収穫調査へのリモートセンシング技術の導入検証等委託事業」の成果として、令和5年3月に林野庁が公開した資料です。想定している作業は国有林の収穫調査における周囲実測——伐採する区域の外周を測って面積を出す仕事です。
ここは先に区別しておきます。これは公共測量の作業規程ではありません。作業規程の準則やGNSS測量マニュアルのように「〜しなければならない」と条文で縛るものではなく、実証事業で検証した計測方法を「こうするとよい」という形で書いた手引きです。手引き自身、手順の多くに「実証事業で検証した計測方法を挙げた」と注を付けています。
にもかかわらずこの資料が面白いのは、上空が開けていない場所でどう測るかを正面から書いた文書が、そもそも多くないからです。
森林内で何が起きているか
手引きは冒頭でこう整理しています。GNSS受信機による測位は、上空が十分に開けていない場所や電波を反射する障害物がある場所では誤差が大きくなりやすい。山地の森林内は、樹木や地形による開空率の減少や電波の反射など、制約が少なくない。
言い換えると、森林は「衛星が見えない」だけの場所ではありません。見えないぶんを埋めるように、幹や枝で反射した信号が届きます。これは開けた現場で起きるマルチパスと同じ現象ですが、遮蔽物が全周にあるぶん、逃げ場がありません。

測位方式は4通り。ただし全部に同じ但し書きが付く
手引きが挙げる測位方式と、そこに書かれた誤差の目安です。
| 方式 | 誤差の目安 | 手引きの記述 |
|---|---|---|
| 単独測位 | 約10m程度 | 4個以上の衛星から1台で位置を決める |
| SBAS | サブメータ級 | 静止衛星の補強信号で誤差を補正 |
| CLAS | センチメータ級 | 電子基準点の補正情報をみちびきから送信 |
| 無線RTK法 | (記載なし) | 基準局と移動局を無線で結ぶ |
| ネットワーク型RTK法 | (記載なし) | 補正情報をインターネットで受ける |
注意して読みたいのは、SBASにもCLASにも「上空が開けた場所で」という条件が必ず添えられていることです。CLASの「センチメータ級」は、森林内でそのまま出る数字ではありません。手引きが精度の話ではなく手順の話に紙面を割いているのは、この落差が理由だと読めます。
方式の選択そのものは、通信圏内かどうかでほぼ決まります。
- インターネット通信圏外:単独測位・SBAS・CLAS(手引きは「山地森林における基本的な方法」と位置づけ)、または無線RTK法
- インターネット通信圏内:ネットワーク型RTK法。途中で通信が不調になっても自動でSBASに移行して計測を継続できる
現場手順に出てくる数字
ここが手引きの中心です。数字だけ抜き出します。
測点の設定
- 立木に接近し過ぎない場所で、上空が見通せることを確認して設置する(立木の根元付近は上空を枝葉で覆われやすい)
- 設置間隔は一般に20〜30m、尾根や谷などの地形変化点にも設置する
- 区域が狭い・細長い・地形変化が大きい場合は10数m程度まで間隔を詰める
各測点での計測
- 電源を入れたまま測点に移動し、到着してから約1分経過後に計測を開始する
- 画面上の座標の揺らぎ、移動経路を見て、安定した値になるのを待つ
- 安定したと判断したら、10秒以上かつ10回以上の平均座標を取得して保存する
- fix表示でデータを取る。ただしfloatが続く場合でも3分までを目途に取得する
受信機の扱い
- アンテナは2mポールの先端に設置し、計測者の影を避ける
- PDOP・2DRMSが表示できる機種では、指標値が小さくなったタイミングで取得する
- 画面上の移動経路が実際の経路と合っているか確認する。直進したのに経路が曲がっていたら、その測点を再計測する
10エポック平均という数字には、手引き自身が根拠を書いています。RTK法による3〜4級基準点測量では1秒ごとに連続取得した10秒間・10データ(10エポック)の平均値を使う——だから本手引きでも10秒・10エポック以上を推奨する、という筋道です。
「3分で切る」という判断
個人的にいちばん現場的だと思ったのがここです。
fixが返らないまま粘るという選択肢を、手引きは取っていません。floatが続く場合でも3分までを目途にデータを取得して次へ行く。理由は書かれていませんが、外周を20〜30m間隔で回る作業だと測点は数十点になります。1点で10分粘ると1日が終わってしまう。かつ、森林内でfixが返らない原因は開空率と反射なので、同じ場所で待っても状況が変わらないことが多い。
そのかわり手引きは、精度を上げたい場面には別の手を用意しています。標準地調査のように面積が全林に拡大される場合は、RTK法を使うか、CLASで3〜4分連続計測して平均座標を求める。それでも足りなければ、地上レーザ計測やコンパス測量などGNSS以外の方法も検討する——対象区域の外周が深い谷で多くを占めるような場合は、事前確認の段階でそう判断せよ、と書かれています。
「機械が返事をしない場所では機械を替える」という判断が手順の中に組み込まれているのは、めずらしいと思います。
無線RTKの現実的な仕様
森林で使う無線RTKについては、手引きに具体的な数字があります。
- 例として920MHz・250mW・林内で約500m到達
- 公称500m到達でも尾根越しになると届かない場合がある。届かなくなると自動でSBASに移行して計測は続く
- 常時RTKで測りたいなら、基準局を計測地を見通せる尾根の上または反対斜面に置く
- 基準局の無線アンテナは調査林分の方向へ、移動局のアンテナは基準局の方向へ傾ける
- 出力に応じて、基準局用受信機は総務省地方総合通信局で無線局登録が必要。電波利用料の納付も生じる(手引きの例示は年額)
「届かなければSBASに落ちて計測は続く」という挙動は、現場では助かる反面、気づかないと精度の違うデータが混ざります。手引きが画面表示の確認を繰り返し求めているのは、この切り替わりを見逃さないためでしょう。
元期と今期——ここは測地系の話になる
手引きは第2章の最後で、セミダイナミック補正に触れています。
- 今期座標:GNSS計測で得られる、いま現在の座標
- 元期座標:測地成果2011の基準年の座標
そのうえで、測位方式ごとに元期・今期のどちらの座標が得られるかを表にしています。単独測位・SBAS・CLASとネットワーク型RTK法はどちらか一方だけに印が付き、無線RTK法だけが元期・今期の両方に印が付いています。無線RTKでは基準局の座標を作業者が入力するので、入力した座標がどちらの期のものかで、移動局の成果もそちらになる——そう読むのが自然です。
森林の測量でも、地図に載せる以上はこの区別から逃げられません。地殻変動で座標は動き続けているので、成果を測地成果2011の地図に重ねるなら、今期で測った値は補正パラメータで元期へ戻す必要があります。
面積を測るときの落とし穴
手引きの後半はQGISの操作手順ですが、そこに座標系の注意が2つ入っています。
1つめ。GNSS計測データの座標参照系は基本的に世界測地系(WGS84)であり、これは地球楕円体上の3次元座標なので、そのままでは正しい面積が測れない。QGIS側で平面直角座標系(JGD2011○○系)へ変換する設定を先に済ませておく、という手順になっています。
2つめ。小面積や細長い区域では面積の誤差率が大きくなる場合がある(手引きの例示は3〜4%等)。だから座標の揺れや指標値が小さいことを確認しながら測り、測点をこまめに取る。
面積は座標の差を積み上げた量なので、1点あたりの誤差が同じでも、区域が小さいほど比率としては効いてきます。細長い形は外周に対する面積が小さく、これも同じ理由で不利になります。
まとめ
- 森林内のGNSS測位は、機器の性能ではなく時間の使い方で成立させる
- 到着から1分待つ/10秒・10エポック以上の平均/floatが続いても3分で切る、が手引きの3つの数字
- 測点間隔は20〜30m、条件が悪ければ10数m。立木の根元は避ける
- SBAS「サブメータ級」・CLAS「センチメータ級」には「上空が開けた場所で」という条件が必ず付いている
- 無線RTKは林内で約500m。尾根越しで届かなくなると自動でSBASに落ちるので、画面の表示を見続ける
- 精度が足りない場面では、CLASの3〜4分連続計測、RTK、地上レーザ、コンパス測量へ切り替える判断も手引きに書かれている
出典
- 林野庁「令和4年度 収穫調査へのリモートセンシング技術の導入検証等委託事業 収穫調査における高精度GNSS活用の手引き」令和5年3月 https://www.rinya.maff.go.jp/j/gyoumu/gijutu/attach/pdf/syuukaku_kourituka-69.pdf
本記事の記述は2026年9月時点で公開されている資料に基づきます。数字と手順はすべて上記の手引き本文から引いたものです。この手引きは公共測量の作業規程ではなく、林野庁の委託事業の成果としてまとめられた手引きであり、公共測量として実施する場合は作業規程の準則および該当するマニュアルが適用されます。「3分で切る」理由の解釈と、無線RTKにおける元期・今期の読み方は筆者の推測を含みます。実際の作業では、発注者・計画機関の指示と最新版の資料を必ずご確認ください。
次に確認する
- ネットワーク型RTKとCLASをどう使い分けるかを確認する — 通信圏内・圏外という手引きの分け方の中身です
- 反射波でFixが不安定になる仕組みを確認する — 森林内で開空率と並ぶもう一方の原因です
- 仰角マスクを何度にすると何が切り捨てられるかを確認する — 低い衛星を捨てる設定は、林内では効き方が変わります
- 複数回測って平均する場合の考え方を確認する — 10エポック平均の先にある「何回測るか」の話です
- 今期の座標を元期へ戻すセミダイナミック補正の手順を確認する(GeoConverter Pro) — 手引きが第2章末で触れている補正の実務です
- 書籍でまとめて学ぶ: 『日本の測地系Q&A』第11章「cm級測位の現場」(Kindle Unlimited対応)
入門から通しで読むなら: 『日本の測地系がわかる本』 — 旧日本測地系から JGD2024 まで、座標がズレる理由と実務での扱いを1冊にまとめました(Kindle Unlimited 対応)
開発者より: アプリ・Kindle本・オープンソースの一覧は GitHub: amru195704 にまとめています。
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