
RTKのFixが建物際で暴れるのはなぜ? — マルチパスの見分け方と、現場での回避策
衛星から直接届く電波のほかに、壁や地面で反射した電波が混じって届くからです(マルチパス)。 反射波は直接波より少し遠回りしてくるので、受信機が測る距離がわずかに伸びます。厄介なのは、衛星がよく見えていて「衛星数もDOPも良い」のに座標だけがばらつくこと。空が開けていない場所での誤差の主犯は、たいていこれです。
マルチパスとは何が起きている現象か
GNSSの測位は「衛星から受信機まで、電波が何秒かかったか」を距離に直して行っています。想定しているのは直線で届いた電波(直接波)です。
ところが現場には、電波を反射するものがたくさんあります。
- コンクリートの壁・ビルのガラス面
- 金属の外壁、車体、フェンス、看板
- 濡れたアスファルト、水面
- 法面を覆う金属メッシュ、鋼矢板
これらに当たって跳ね返った電波(反射波)は、直接波より必ず長い経路を通ります。受信機のアンテナには、直接波と反射波が重なった状態で入ってきます。受信機はその合成波から距離を測るので、本来より少し遠い値が出ます。
反射波の遅れが大きいか小さいかで、現れ方も変わります。
| 反射のしかた | 起きること | 現場での見え方 |
|---|---|---|
| 遠くの構造物からの大きな反射 | 見かけの距離が大きく伸びる | 座標が数十cm〜数m飛ぶ |
| すぐ横の壁・地面からの短い反射 | 直接波に重なって位相がわずかにずれる | Fixしたまま数cm〜十数cmじわじわ動く |
| 直接波が遮られ反射波だけが届く | そもそも間違った経路で測る | 大きく外れた値でFixすることがある |
いちばん危険なのは3番目です。表示上はFixのまま、値だけが違う。RTKで「Fixしているから正しい」と言えないのは、この状態があるからです。
「衛星数もDOPも良いのに合わない」がマルチパスのサイン
衛星配置の良し悪しを表すDOPは、幾何学的な配置しか見ていません。空が開けていて衛星が四方に散っていれば、たとえ全部の衛星の距離に反射の誤差が乗っていても、DOPは良い値を返します。
つまり、
DOPが良い=配置が良い。DOPが良い=測位値が正しい、ではない。
現場でマルチパスを疑う手がかりは次のとおりです。
- 同じ点に置いたまま座標が動く。数分の観測で数cm〜数十cm、規則性なくふらつく
- アンテナを1m移動しただけで挙動が変わる。反射は場所依存なので、少し離れると急に落ち着く
- 低仰角の衛星のSNR(C/N0)が不規則に上下する。反射波と直接波が強め合ったり打ち消し合ったりすると、受信強度が周期的に波打つ
- 午前と午後で同じ場所の結果が違う。衛星配置が変われば、反射する組み合わせも変わる
- 既知点で測ると、ずれの方向が毎回だいたい同じ。壁の側に押されたような系統的なずれになる
3番目と5番目は特に手掛かりになります。ランダムに見えても、反射源が固定物なら誤差にも向きの癖が出るからです。

電離圏の乱れとの見分け方
Fixが決まらない・ばらつくという症状は、電離圏が荒れているときにも起こります。両者は対処が違うので、切り分けが要ります。
| 見るところ | マルチパス | 電離圏の乱れ |
|---|---|---|
| 場所を変えると | 数m動くだけで改善する | どこへ行っても同じように悪い |
| 他の現場・他の班は | 問題なく測れている | 同じ時間帯に同様に苦戦している |
| 基線長との関係 | ほぼ無関係 | 長いほど悪化する |
| 時間帯 | 衛星配置に応じて変わる | 昼過ぎ〜夕方に悪化しやすい |
| 空の開け具合 | 遮蔽物のある側で悪い | 空が開けていても悪い |
「場所を変えたら直る」ならマルチパス、「どこでも同じように悪い」なら電離圏や宇宙天気側、というのが最初の分岐です。
現場での回避策
1. アンテナを反射源から離す
いちばん効きます。壁・法面・車から1〜2m離すだけで挙動が変わることは珍しくありません。三脚を立てる位置を数m動かせるなら、まずそれを試します。
2. アンテナを高くする
地面や路面からの反射(グラウンドマルチパス)は、アンテナが低いほど拾いやすくなります。ポールを伸ばして高い位置に上げると軽減されます。高さを変えたらアンテナ高の入力も必ず直すこと。ここでの入力ミスは、マルチパスより大きな誤差になります。
3. 低仰角の衛星を切る
反射波は低い仰角から来ることが多いので、仰角マスクを上げる(例: 10度→15度)と改善する場合があります。ただし使える衛星が減ってDOPは悪化するので、上げすぎは逆効果です。
4. 時間をおいて複数回測る
衛星は動きます。20〜30分あければ配置が変わり、反射の組み合わせも変わります。時間を空けた2回以上の観測で値が合うかを見るのが、いちばん確実な検証です。
5. 見通しのよい点から間接的に出す
どうしても空が開けない点(建物の際、法面の下、狭い路地)は、素直にRTKで直接測らないという判断も要ります。見通しのよい点にRTKで基準を作り、そこからトータルステーションで振り出したほうが速くて確実なことが多いです。
6. 既知点で確かめる
作業前後に既知点を測って、その日その場所の実力を数値で押さえておく。マルチパスは「機器の故障」ではないので、その場の実測でしか分かりません。
やってはいけないこと
- Fixした値をそのまま1回で採用する。Fixは「整数値バイアスが決まった」という意味であって、「反射が入っていない」という意味ではありません
- 仰角マスクを上げて衛星数を削り、それで安定した気になる。ばらつきが小さくなっただけで、系統的なずれは残ります
- その場でアンテナ高を変えて、入力を直し忘れる
- ばらついた測定値をその場で平均して「精度が上がった」とする。系統誤差は平均しても消えません
まとめ
- マルチパスは反射波が混じって距離が伸びる現象。空が開けていない場所での誤差の主犯
- DOPが良くても防げない。DOPは配置しか見ていない
- 疑うサインは「同じ点で動く」「1m動かすと変わる」「低仰角のSNRが波打つ」「ずれの向きに癖がある」
- 見分け方は場所を変えて直るか。直るならマルチパス、直らないなら電離圏側を疑う
- 対処は離す・上げる・時間を空けて複数回・見通しのよい点から振り出す・既知点で確かめる
出典
- 国土地理院「測量に関する技術資料」 https://www.gsi.go.jp/gijyutukanri.html
- 国土地理院「電子基準点とGEONET」 https://www.gsi.go.jp/kanshi/index.html
- 内閣府「みちびき(準天頂衛星システム)」 https://qzss.go.jp/
本記事の数値(改善する距離・仰角マスクの値など)は目安です。受信機・アンテナの機種や現場条件によって効き方は変わります。記載は2026年8月時点の情報に基づきます。
次に確認する
- Fixが「何を決めた状態」なのかを確認する — Fixしていても値が正しいとは限らない理由の土台です
- 衛星配置とDOPの読み方を確認する — 本記事の「DOPが良くても防げない」の中身です
- 作業前に既知点でRTKの健全性を確かめる手順を確認する — マルチパスをその場で数値化する唯一の方法です
- RTKがFixしない場所をトータルステーション併用でどう測るかを確認する — 本記事「見通しのよい点から振り出す」の具体的な手順です
- 電波の遅れがどう位置の誤差になるのかを図で確認する(GeoPrism JP) — 距離が伸びると座標がどう動くかが図で分かります
- 書籍でまとめて学ぶ: 『日本の測地系Q&A』第11章「cm級測位の現場」(Kindle Unlimited対応)
開発者より: アプリ・Kindle本・オープンソースの一覧は GitHub: amru195704 にまとめています。
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