
琵琶湖はどこから来た? — 400万年かけて三重から滋賀へ動いた湖と、その水面の高さを5か所で測る理由
いまの滋賀県ではなく、三重県伊賀市のあたりです。約400万年前にそこで生まれた浅く狭い湖が、断層運動による地盤の陥没と土砂の堆積を受けながら形を変えて北へ移動し、いまの位置に落ち着いたのはおよそ40万年前。日本一大きな湖は、生まれた場所から数十km動いてきた湖でもあります。
そして「動いてきた湖」は、いまも水面の高さを1か所では測れません。地面が動いた話と、水面をどう測るかという話は、同じところでつながっています。
生まれたのは伊賀、いまいるのは滋賀
滋賀県の公式解説はこう書いています。
約400万年前に現在の三重県伊賀市付近に浅くて狭い湖ができ(大山田湖)、その後、断層運動によって地盤が陥没する影響と土砂が窪地を埋める影響を受けながら、形状を変えて移動し現在に至っています。現在の琵琶湖は、少なくとも約40万年間この場所に定まっています。
(滋賀県「びわ湖ってどんな湖?」)
湖そのものが水として移動したわけではありません。沈む場所が北へ移っていった、という意味です。断層の動きで地面が落ち込むと、そこに水がたまって湖になる。上流から流れ込む土砂が湖底を埋めていくと、その湖はやがて浅くなり、より深く沈んでいる別の場所へ湖の中心が移る。これを400万年くり返した結果が、いまの琵琶湖です。
この動きの記録は、三重県伊賀市から滋賀県にかけて分布する古琵琶湖層群という地層に残っています。湖底にたまった泥や、そこに埋まった生き物の化石が、湖が通ってきた道筋を示しています。
一般的な湖は土砂の堆積で1万年ほどで消えてしまうので、10万年以上の歴史を持つ湖は世界でも20ほどしかありません。日本では琵琶湖だけです。「動けた」ことが、消えずに残れた理由でもあります。
いまの琵琶湖の大きさ
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 面積 | 約 670 km² |
| 湖岸の延長 | 約 235 km |
| 最大水深 | 約 104 m |
| 南北の長さ | 約 60 km |
| 東西の最大幅 | 約 20 km |
| 貯水量 | 275 億トン |
滋賀県の集水面積のおよそ96%が琵琶湖に集まる、という数字も公表されています。県の水のほとんどが、この一つの窪みへ向かっているということです。
湖を動かした断層は、いまも動いている
湖の西岸には琵琶湖西岸断層帯が走っています。地震調査研究推進本部の長期評価によれば、高島市に分布する北部が約23km、高島市南方から大津市国分付近に至る南部が約38km。いずれも断層の西側が東側に対して相対的に隆起する逆断層です。
注目したいのは、ずれの速さです。
平均的な上下方向のずれの速度は、概ね1.1-1.6m/千年程度
(地震調査研究推進本部「琵琶湖西岸断層帯の長期評価」)
千年で1m、つまり年あたり1〜2mm。1回の測量では絶対に見えない速さですが、電子基準点の長期の時系列なら扱える大きさです。そして10万年積み上げれば100m以上になる。湖の西側が深く、比良や比叡の山が湖面のすぐそばからそそり立っている地形は、この積み重ねの結果です。

「湖が動いてきた」という400万年の話と、電子基準点が毎日出している数mmの変動は、同じ現象を違う時間の物差しで見たものです。
本題:湖面の高さは、どこで測るのか
ここからが測量の話です。琵琶湖の水位は B.S.L.(Biwako Surface Level) という、琵琶湖専用のゼロ点で表します。
国土交通省近畿地方整備局 琵琶湖河川事務所の説明によれば、
B.S.L.±0mは鳥居川水位観測所の零点高(O.P.B+85.614m=T.P.+84.371m)としています。(あくまで基本とする高さのことで、琵琶湖の水位の平均のようなものではありません。)
つまり、B.S.L. のゼロは東京湾平均海面(T.P.)より 84.371 m 高いところにあります。ニュースで「琵琶湖の水位はマイナス30cm」と聞いたときの「マイナス」は、海面より下という意味ではありません。標高84.371mの面から30cm下、という意味です。
同じ説明の中で、大阪湾基準(O.P.B.)とT.P.の換算値が 1.243 m であることも示されています。高さの基準がいくつも並走している日本の実情が、この1行に凝縮されています。

なぜ1か所では足りないのか
もとは「琵琶湖の水位」といえば瀬田の唐橋にある鳥居川水位観測所の値のことでした。しかし、平成4年(1992年)以降は5か所の平均値を使っています。理由は同事務所がはっきり書いています。
- 鳥居川水位観測所は瀬田川洗堰の放流の影響を受ける
- 湖面は波・風による吹き寄せ・静振(セイシュ)の影響を受け、観測する場所によって差が生じる
静振とは、風や気圧の変化、流入量・流出量の変化などで湖面全体がゆっくり振動する現象です。バケツの水を揺らすと水面が一定の周期で揺れる、あのイメージがそのまま琵琶湖の規模で起きます。
そこで 片山・彦根・大溝・堅田・三保ヶ崎 の5か所の水位を平均した値を「琵琶湖水位」としています。
| 測っているもの | |
|---|---|
| 1か所の観測値 | その場所のその瞬間の水面。風・波・静振・放流が乗っている |
| 5か所の平均 | 湖全体としての水面の高さ |
これは測地の基本とまったく同じ構造です。東京湾平均海面(T.P.)も、ある日の東京湾の海面ではなく、長期間の潮位観測を平均して決めた面です。「水の面」は放っておけば絶えず上下しているので、基準にするには平均という操作が要る。琵琶湖は、それを空間方向にもやっているわけです。
水位の管理目標も公表されています。非洪水期(10月16日〜6月15日)は +0.30m、洪水期(6月16日〜10月15日)は −0.20m および −0.30m を上回らないように操作されています。台風前にあらかじめ水位を下げておくのは、この管理の一環です。
現場で効いてくること
湖や川のそばで測量やRTK測位をするとき、この話は他人事ではありません。
- 図面の高さが何基準か確かめる。 琵琶湖周辺なら B.S.L.、淀川水系なら O.P.、荒川・江戸川なら A.P./Y.P. が混じります。数字だけ見て標高(T.P.)だと思い込むと、琵琶湖なら84m級のずれになります
- GNSSが出すのは楕円体高。 RTKで湖面や護岸の高さを取っても、そのままでは標高になりません。ジオイド高を引いて標高にし、さらに必要なら各基準面へ換算する、という2段階が入ります
- 水面の高さは「いつ測ったか」で変わる。 風の強い日に湖岸で取った水際の標高は、その日のその場所の値でしかありません。静振の影響を考えれば、水際線を境界の根拠に使うのは慎重にすべきです
湖岸線の延長が約235kmという数字も、「どの水位のときの水際か」を決めなければ確定しません。動く境界を測るときは、まず基準面を決める。これは海岸線でも、湖でも、河川でも共通です。
まとめ
- 琵琶湖は約400万年前に三重県伊賀市付近で生まれ(大山田湖)、断層運動と堆積によって形を変えながら北上した
- 現在の位置に定まったのは約40万年前。世界に20ほどしかない古代湖のひとつ
- 湖の西岸を走る琵琶湖西岸断層帯は、北部約23km・南部約38kmの逆断層。上下のずれの速度は概ね1.1〜1.6m/千年
- 琵琶湖の水位は B.S.L. で表し、そのゼロは T.P.+84.371m(O.P.B+85.614m)
- 波・吹き寄せ・静振で場所ごとに水面が違うため、平成4年以降は5か所(片山・彦根・大溝・堅田・三保ヶ崎)の平均を使う
- 「水の面を基準にするには平均が要る」という構造は、東京湾平均海面とまったく同じ
出典
- びわ湖ってどんな湖? — 滋賀県(大山田湖・約400万年前・約40万年・面積約670km²・湖岸約235km・最大水深約104m・貯水量275億トン・集水面積約96%): https://www.pref.shiga.lg.jp/biwakatsu/20518.html
- 洗堰・水位管理に関するお問い合わせと回答 — 国土交通省近畿地方整備局 琵琶湖河川事務所(B.S.L.±0m=T.P.+84.371m=O.P.B+85.614m、5か所平均、静振、水位操作の目標値): https://www.kkr.mlit.go.jp/biwako/info/faq/qlist/qlista/a32.html
- 琵琶湖西岸断層帯 — 地震調査研究推進本部(北部約23km・南部約38km・西側隆起の逆断層・上下ずれ速度1.1〜1.6m/千年): https://www.jishin.go.jp/regional_seismicity/rs_katsudanso/f065_biwako-seigan/
- 日本の測地系 — 国土地理院(東京湾平均海面と標高の基準): https://www.gsi.go.jp/sokuchikijun/datum-main.html
数値はいずれも上記の公表資料に記載された値です。記述は2026年9月時点のものです。水位の管理目標や観測所の運用は変更されることがあるため、実務で使う際は最新の公表値を確認してください。
次に確認する
- 日本でいちばん低い山の標高はどう決まったのかを確認する — 「高さのゼロをどこに置くか」で順位が入れ替わる話です
- 東京の地盤沈下を水準測量がどう記録してきたかを確認する — 年mm単位の上下変動を、実際に何十年も測り続けた記録です
- 中央構造線に沿った地殻のひずみが測量にどう出るかを確認する — 断層のずれ速度が座標成果に効いてくる側の話です
- T.P.・A.P.・O.P.・Y.P. の換算と、図面ごとに違う「高さゼロ」のそろえ方を確認する(GeoConverter Pro) — 本記事の B.S.L. と同じ「特殊基準面」を、実務の換算表として扱った記事です
- 書籍でまとめて学ぶ: 『日本の測地系Q&A』第8章「標高・ジオイド・海面」(Kindle Unlimited対応)
開発者より: アプリ・Kindle本・オープンソースの一覧は GitHub: amru195704 にまとめています。
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