東京の地盤は何メートル沈んだ? — 「ゼロメートル地帯」ができた理由と、いまも高さを測り続けるしくみ


東京の地盤は何メートル沈んだ? — 「ゼロメートル地帯」ができた理由と、いまも高さを測り続けるしくみ

東京の地盤は何メートル沈んだ? — 「ゼロメートル地帯」ができた理由と、いまも高さを測り続けるしくみ

最も沈んだ場所で、累積約4.5メートルです。 江東区南砂の観測点で、大正7年(1918年)以降のおよそ半世紀に、それだけ地面が下がりました。ビルにすると1階分をゆうに超える高さです。原因は地震でも地殻変動でもなく、地下水の汲み上げでした。そしてこの「4.5m」という数字が分かるのは、100年以上にわたって同じ場所の高さを測り続けてきた記録があるからです。


4.5mという数字の意味

東京の東部低地——荒川・中川の下流域では、大正の初め頃にはすでに沈下が始まっていたと考えられています。関東地震(1923年)後の水準測量で、この一帯の水準点に著しい沈下が確認されました。

沈下が加速したのは高度経済成長期です。工業用水・ビル用水として大量に地下水が汲み上げられ、地下の粘土層が水を失って縮んだ結果、地表がゆっくりと下がっていきました。

その結果できたのが、海面より地面が低い「ゼロメートル地帯」です。東京東部の広い範囲が、満潮時の海面より低い土地になりました。堤防と排水ポンプが止まればそのまま浸水する土地が、都心のすぐ隣に広がっている——というのが、地盤沈下が残した地形です。

沈下はもう止まっている

地下水の揚水規制と、水溶性天然ガス採取の停止などの規制により、沈下は昭和48年(1973年)ごろから急速に収まりました。江東区南砂でも昭和40年代の末以降は沈静化し、現在はほとんど沈下が見られません。

「4.5m沈んだ」は過去形の話です。 ただし、一度縮んだ地層は元に戻りません。低くなった地面はそのまま残っています。


なぜ「何メートル沈んだ」と言えるのか

ここからが測量の話です。地面が沈むとき、その上に立っている人には分かりません。周りも一緒に沈むからです。「沈んだ」と言えるのは、沈まない基準と比べているからです。

水準測量:バケツリレーで高さを運ぶ

伝統的な方法が水準測量です。レベル(水準儀)と標尺を使い、2点間の高低差をミリ単位で読み取る。それを何百回と繰り返して、日本水準原点(東京都千代田区)から全国の水準点まで高さを運んでいきます。

同じ路線を数年おきに測り直せば、前回との差がその区間の変動量になります。地盤沈下の観測は、この「測り直しの差」の積み重ねです。100年前の測量記録が今も価値を持つのは、この差分を取るためです。

地盤沈下観測井:地層ごとの縮みを見る

もう一つの方法が観測井です。深い井戸を掘り、不動と見なせる深部の地層に固定した鉄管を基準にして、地表がそこからどれだけ下がったかを直接測ります。水準測量が「隣と比べた高さ」なのに対し、こちらは「深部と比べた高さ」。地下水位と同時に記録すれば、水位の低下と沈下の対応も追えます。

GNSS:面で、連続で見る

現在は電子基準点(GEONET)による連続観測が加わりました。24時間365日、全国約1,300点の座標が記録され続けています。

水準測量が「線」を年に数回測るのに対し、GNSSは「点」を連続で測る。さらに衛星からのレーダー干渉(InSAR)を組み合わせれば「面」の沈下分布が得られます。線・点・面を組み合わせて監視する、というのが今のかたちです。


RTK-GNSSの現場から見ると

ここまでは歴史の話ですが、現場の実務にも直結します。

1. 高さの成果は「時点つき」の値である

地盤が動く場所では、水準点や基準点の標高成果は測った時点の値です。数十年前の図面に書かれた標高と、いまの現地の標高が一致するとは限りません。古い図面と現況を突き合わせるときは、高さの成果がいつのものかを確認する必要があります。

基準点の成果が改定・訂正されることがあるのも同じ理由です。使っている点の成果に訂正情報が出ていないかは、作業前の定番チェックになります。

2. RTKが出すのは楕円体高である

RTK-GNSSが直接求めるのは楕円体高で、図面が使う標高ではありません。標高にするにはジオイド高を引きます(H = h − N)。地盤が沈んでも、ジオイドモデルはそれに追随して更新されるわけではありません。 高さの整合を取るときは、楕円体高・ジオイド高・標高のどれを扱っているのかを常に意識しておくのが安全です。

3. 「地面が動く」は特別な話ではない

地盤沈下は極端な例ですが、日本ではプレート運動によって地面が常時動いています。だからこそ座標には元期と今期という考え方があり、セミダイナミック補正がある。地盤沈下は、その「動く」を高さ方向で、かつ人為的な原因で、極端に見せてくれた事例だと言えます。


全国で見ると

地盤沈下は東京だけの話ではありません。濃尾平野、大阪平野、筑後・佐賀平野、関東平野北部など、地下水を大量に使ってきた平野部の多くで観測されてきました。環境省が全国の地盤沈下の状況を毎年度とりまとめており、都道府県も観測結果を公表しています。

多くの地域で規制後に沈静化していますが、渇水年に一時的に沈下が進むことがあるなど、監視そのものは続いています。「終わった問題」ではなく「監視で抑えている問題」というのが実態に近いでしょう。


まとめ

  • 東京・江東区南砂の累積沈下量は約4.5m(大正7年以降)。原因は地下水の過剰な汲み上げ
  • 揚水規制などにより昭和48年ごろから急減し、現在はほぼ停止。ただし低くなった地面は戻らず「ゼロメートル地帯」として残った
  • 「何メートル沈んだ」が分かるのは、同じ場所を測り直した記録があるから。水準測量・観測井・GNSS/InSARを組み合わせて監視している
  • 現場では、高さの成果は時点つきの値であること、RTKが出すのは楕円体高であることを押さえておく

出典

  • 江東区「地盤沈下」 https://www.city.koto.lg.jp/380303/machizukuri/sekatsu/dojoosen/7332.html
  • 環境省「地盤環境情報 東京都 関東平野南部」 https://www.env.go.jp/water/jiban/directory/13kantouminami.html
  • 東京都建設局「東京の低地の概要」 https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/jimusho/chisui/jigyou/teichi
  • 東京都建設局「地盤沈下調査報告」 https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/jimusho/tech/03-jyouhou/chinka
  • 国土地理院「日本水準原点・水準測量」 https://www.gsi.go.jp/sokuchikijun/suijun-kijun.html
  • 国土地理院「電子基準点とGEONET」 https://www.gsi.go.jp/kanshi/index.html

沈下量は観測点ごとの値で、同じ区内でも場所によって大きく異なります。具体的な地点の数値は上記の一次資料または管轄機関の公表値をご確認ください。記載は2026年8月時点の公表情報に基づきます。


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