日本でいちばん激しく隆起している場所はどこ? — 地図を描き直したら面積が約6km²増えた硫黄島


日本でいちばん激しく隆起している場所はどこ? — 地図を描き直したら面積が約6km²増えた硫黄島

日本でいちばん激しく隆起している場所はどこ? — 地図を描き直したら面積が約6km²増えた硫黄島

硫黄島(いおうとう)です。

手元の地形図が古いと感じたことはあっても、「地図のほうが現実に追いつかない土地」を見たことはあるでしょうか。国土地理院は2023年、硫黄島の地図を海岸線から等高線まで全面的に描き直しました。結果は、面積が約6km²増加、海岸線は最大約800m前進、基準点の標高は8m以上上昇。ただし、この島でいちばん厄介なのは「速いこと」ではありませんでした。


「隆起で地図を描き直した」という発表

国土地理院は2023年6月2日、「拡大する硫黄島の地図を更新」と題した報道発表を出しています。要旨はこうです。

項目 内容
対象 硫黄島(東京都小笠原村)
元にした資料 令和4年(2022年)1月26日撮影の空中写真と現地測量結果
描き直した範囲 海岸線・等高線を含む地図の全面
面積 従来の地図(平成27年=2015年刊行)と比べて約1.3倍約6km²増加
海岸線 一部で海側に最大約800m前進
基準点の標高 8m以上高くなった
提供開始 2023年6月2日から地理院地図・電子地形図25000・数値地図(国土基本情報)
あわせて更新 硫黄島周辺を加えた「日本のジオイド2011」(Ver.2.2)

測量に関わる人間として引っかかるのは、最後の2行です。基準点の標高が8m以上変わり、ジオイドモデルまで作り直している。これは「地形が少し変わったので図を直しました」という話ではなく、位置と高さの基準そのものを引き直したということです。

どれくらいの速さで動いているのか

隆起そのものは今日始まったことではありません。国土地理院の研究報告は、硫黄島について次のように書いています。

硫黄島は,1889 年以来小規模な水蒸気爆発が 15 回以上発生している非常に活発な火山である.ここでは長期的に 20cm/year を上回るような隆起が続いており,地殻変動が非常に激しいことが知られている.

平常運転で年20cmを超える。陸上の一般的な地殻変動が年に数cm、大きく動く年でも十数cmという桁であることを思えば、これは一つ違います。しかも常に一定ではありません。同じ報告は、電子基準点「硫黄島1」の記録から次の推移を確認しています。

  • 2001年9月・10月に噴火。それに数か月先行して急激な隆起が始まった
  • 2003年以降は沈降に転じ、2006年までほぼ定常的に沈降が継続
  • 2006年8月以降ふたたび急激な隆起に転じ、2008年3月末までの隆起量が80cmを超えた
  • 2008年2月下旬以降、「硫黄島1」の隆起速度が約20cm/年から約1m/年へ急増

年1mです。これは「地面が動く」という表現ではもう足りない速さです。

厄介なのは速さではなく、符号が場所ごとに違うこと

冒頭で「速いことがいちばん厄介なのではない」と書いたのは、ここです。

GPS繰り返し観測とSAR干渉解析から読み取られているのは、島の南端の擂鉢山を除く島全体が隆起し、阿蘇台断層を中心に膨張する一方で、島東部の硫黄ヶ丘付近では逆に収縮が定常的に続いているという姿です。しかも硫黄ヶ丘の収縮は、2006年8月から始まった急速な隆起の期間中も、ほぼ一定の速度で続いていたと考えられています。

同じ島の中で、隆起する場所と縮む場所が同時に存在している。 これは「全体が年○cm上がる」と一言で言えないということで、島のどこで測ったかによって答えが変わることを意味します。1点の観測値をその島の代表値として扱えない、というのが観測する側にとっていちばん厄介な性質です。

現在の変動もこの構造を引きずっています。「硫黄島1」が隆起を続ける一方で「硫黄島2」は南向きに動いている、というのが2018年の火山噴火予知連絡会会報にも、いまの公開ページにも書かれている状態です。

いま何が観測されているか

国土地理院は硫黄島周辺のGNSS連続観測結果を1日1回ウェブで公開しています。2026年9月時点で掲載されている内容は次のとおりです。

  • 「硫黄島1」で隆起が継続している
  • 「硫黄島2」では南向きの変動が継続
  • 「M硫黄島A」は2026年4月1日からデータが取得できていない
  • 「硫黄島2」は2026年5月17日からデータが取得できていない

観測点が欠けているという注記が2つ並んでいるのは、この島の環境の厳しさを物語ります。あわせて、公開されているグラフの読み方についても注意書きがあります。

地殻変動情報を迅速に提供するため、GNSS観測から2日後に公開される暫定的な衛星軌道情報を用いた解析結果(速報解)も表示しています。この速報解は、精密な衛星軌道情報を用いた解析結果(最終解)よりもばらつきが大きく、大きな外れ値が発生することがあります。

プロット1点で判断せず、全体の傾向を見る。 これは硫黄島に限らず、速報解を扱うときの原則そのものです。

現場の側から読むと何が言えるか

硫黄島は民間人が測量に入る島ではありません。それでも、ここで起きていることは日常の作業と地続きです。

1. 「基準点の標高が8m変わる」は成果の元期の問題

RTK観測で高さを扱うとき、私たちは基準点の成果を疑わずに使います。硫黄島の事例は、成果は「ある時点の値」でしかないことを極端な形で見せています。2015年刊行の地図と2022年撮影の空中写真の間で8m以上ずれたのなら、途中のどの時点の成果を持っているかで結果は変わります。

このことは硫黄島だけの特殊事情ではありません。日本では地震のたびに基準点成果が改定され、その都度「いつの成果か」を確認する作業が発生します。桁が違うだけで、構造は同じです。

2. 地形が変わればジオイドも作り直す

「日本のジオイド2011」がVer.2.2として硫黄島周辺を加えた形で公開された、という一行が示すのは、楕円体高から標高への変換式の中身が更新されたということです。RTKで得られるのは楕円体高で、標高はそこからジオイド高を引いて求めます。ジオイドモデルが変われば、同じ観測から得られる標高が変わります。

3. 火山性の変動はセミダイナミック補正では吸収できない

セミダイナミック補正は、プレート運動による広域のひずみを補正するための仕組みです。局所的で非線形な火山性の変動は、その枠組みの外にあります。実際、地殻変動補正パラメータの年変化を追った当ブログの検証でも、2012年の最大変動点は火山性変動による硫黄島でした。全国を見渡すパラメータの中で、この島だけが別の理由で突出しているわけです。

「隆起でできた島」であること

なぜここまで動くのか。硫黄島の中央〜北部にあたる元山は、浅い海底に流出・堆積した溶岩や火砕物が隆起して陸になった地形です。島には明瞭な海岸段丘があり、最近の数百年で急激に隆起してきたことが地形から読み取れます。国土地理院の報告は、島の北端について次のようにも書いています。

この場所では,1940 年代に海岸線付近にあったと考えられる段丘面が周囲と比較して約 15m程度上昇しており,過去にも隆起が発生していたことを示唆している.

つまり、2023年の地図更新は「珍しいことが起きた」記録ではなく、この島がずっとやってきたことの、たまたま最近の一区切りです。

まとめ

  • 国土地理院は2023年6月2日、硫黄島の地図を全面的に描き直したと発表。面積が約6km²増加(従来の約1.3倍)、海岸線は最大約800m前進、基準点の標高は8m以上上昇
  • 硫黄島は長期的に年20cmを上回る隆起が続き、2008年2月下旬以降は電子基準点「硫黄島1」の隆起速度が約1m/年まで急増した時期がある
  • 変動は一様ではない。島全体が隆起・阿蘇台断層を中心に膨張する一方、硫黄ヶ丘付近では収縮が定常的に続く。1点の値をその島の代表値として扱えない
  • GNSS連続観測結果は1日1回公開。2026年9月時点で「M硫黄島A」(4月1日以降)と「硫黄島2」(5月17日以降)はデータが取得できていない
  • 地図更新にあわせて「日本のジオイド2011」がVer.2.2として硫黄島周辺を追加。地形が変われば高さの変換もやり直す

出典

  • 国土地理院「拡大する硫黄島の地図を更新!!」(2023年6月2日 報道発表) https://www.gsi.go.jp/kibanjoho/kibanjoho61006.html
  • 国土地理院「硫黄島周辺のGNSS連続観測結果」 https://www.gsi.go.jp/BOUSAI/ioto_kisen.html
  • 国土地理院 地理地殻活動研究センター「硫黄島の火山性地殻変動に関する研究(第6年次)」 https://www.gsi.go.jp/common/000046732.pdf
  • 国土地理院「硫黄島の地殻変動」(火山噴火予知連絡会会報 第131号) https://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/kaisetsu/CCPVE/Report/131/kaiho_131_33.pdf

本記事の記述は2026年9月時点で公開されている資料に基づきます。数値はすべて上記の一次資料から引いたものです。「日本でいちばん激しく隆起している場所」という表現は、国土地理院が公開している資料で確認できる範囲での評価であり、全国のあらゆる地点を網羅的に比較した順位付けではありません。観測点の状態は日々更新されるため、最新の状況は国土地理院のページでご確認ください。


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