
九州は本当に2つに割れるのか — 別府-島原地溝帯と「50万年後」という数字の出どころ
溝は実在します。南北に引っ張られていることも、観測で確かめられています。ただし「50万年後に九州が2つになる」という言い方は、予測ではなく外挿です。 この3つは分けて考えたほうがよく、混ぜると「いつ割れるのか」という答えの出ない問いになります。順に見ていきます。
1. 別府-島原地溝帯とは何か
九州を東西に横切る帯状の低地です。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 延長 | 約200km |
| 幅 | 20〜30km |
| 東端 | 別府湾 |
| 西端 | 島原半島 |
| 走向 | 東北東〜西南西 |
この帯の中に、別府温泉地域・九重山・阿蘇山が並びます。活断層としては水縄断層帯・布田川断層帯・日奈久断層帯・別府-万年山断層帯・雲仙断層群が含まれます。2016年の熊本地震は、この帯の中で起きました。
地形図で見ると、別府湾から島原・八代海まで、内海と低地が一直線に並んでいるのが分かります。「九州 地溝帯」で地図を探している方が見たいのは、おそらくこの並びです。
2. 「分裂」という言葉は、どこから来たのか
2018年、東北大学の研究グループ(趙大鵬教授・山下慧氏・豊国源知助教)が、この地溝帯の地下構造を解析した結果を Scientific Reports に発表しました。そのプレスリリースのタイトルが「九州を南北に分裂させる地溝帯の構造を解明」です。
研究が示したのは、この地溝帯が3つの要因の組み合わせでできているということでした。
- 沖縄トラフの北への延長 — 東シナ海で地殻が引き伸ばされている場が、九州まで届いている
- 中央構造線の西への延長 — 四国を横断してきた断層帯が、由布院で地溝帯に接続する
- 活火山下の熱いマントル上昇流 — 地殻を下から弱くする
あわせて、2016年熊本地震の発生に、この地溝帯の不均質な構造と震源直下の水の挙動が関わっていたことも示されました。
つまり「分裂」は、引っ張られている構造の説明として使われた言葉です。「いつ割れるか」を述べたものではありません。
3. 「50万年後」をどう扱うか
九州の地殻変動をGNSSで見ると、南九州が北九州に対して南へ動いていることが分かります。この帯を境にして、南北が離れていく方向です。
ここから「この速さで離れ続ければ、何年後には海がつながる」という計算ができます。50万年という数字は、その外挿です。
外挿には前提が要ります。
- いまの速度が、そのまま続くこと
- 引っ張りの方向が変わらないこと
- 途中で大きな地震や火山活動が起きても、平均としては均されること
地質の時間スケールで、この3つが全部成り立つと言い切れる根拠はありません。数十年の観測を50万年に伸ばしているので、誤差も50万年ぶんに伸びます。
ですから「50万年後に2つになる」は、桁の感覚をつかむための数字として受け取るのが妥当だと考えています。「1万年後」でも「500万年後」でもなく「だいたい数十万年のオーダー」という話です。人の暮らしの時間で心配することではありません。
一方で、いま観測できる南北の離れ方は本物です。そして、そちらは測量の実務に直接効いてきます。
4. 自分で確かめる方法
引っ張られていることは、公開データで確認できます。
国土地理院の地殻変動監視
電子基準点網(GEONET)の観測から、日本全国の地殻変動が公開されています。九州の水平変動の図を見ると、地溝帯を挟んで矢印の向きが変わっているのが読み取れます。
地殻変動の可視化
日本列島が毎年どれだけ動いているかを地図で見る(GeoPrism JP) — プレート運動と地殻変動を地図上で重ねて見ると、九州だけが特殊なのではなく、日本全体が動いている中の一部だと分かります。
測位補強の区分
みちびきのCLASは、九州の補強情報をこの地溝帯を境に2つに分けています。みちびき(CLAS)と九州は2つに分断される — 地学の話と測位の話が、同じ線の上で交差している例です。
5. 測量の現場では、どう効くか
「割れる」より先に、すでに効いていることがあります。
成果の版が変わる。 地殻変動が続いている場所では、基準点の成果が改定されます。九州の成果を使うときは、いつの成果かを確認する必要があります。関連: 基準点にたどり着くまでが仕事のうち
地震のあと、基準点が止まる。 大きな地震が起きると、その地域の基準点成果は一時的に使えなくなります。2026年の熊本の例をこちらに書きました。
セミダイナミック補正が効く。 定常的な地殻変動を、元期の座標に戻すための補正です。九州のように動きの大きい場所ほど、補正量も大きくなります。
RTK-GNSSで測った座標が、過去の図面と合わない——その原因の一部は、この帯が引っ張られ続けていることにあります。
6. まとめ
- 別府-島原地溝帯は実在する。延長約200km、幅20〜30km、別府湾から島原半島まで
- 南北に引っ張られていることは、GNSSの観測で確かめられている
- 「分裂」は構造の説明に使われた言葉であって、時期の予測ではない
- 「50万年後」は外挿。桁の感覚としては使えるが、予測として扱うと外れる
- いま効いているのは、成果の改定・地震後の成果停止・セミダイナミック補正のほう
出典
- 東北大学「九州を南北に分裂させる地溝帯の構造を解明 -2016年熊本地震の発生とも関連-」(2018年10月19日) https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2018/10/press-20181023-rift.html
- 東北大学大学院理学研究科・理学部 お知らせ(同上) https://www.sci.tohoku.ac.jp/news/20181023-9928.html
- 国土地理院「電子基準点網(GEONET)による地殻変動監視」 https://www.gsi.go.jp/kanshi/index.html
- 九州大学 地震火山観測研究センター「九州の地震活動と地下構造」 https://sevo.kyushu-u.ac.jp/wp/2022/08/21/seis_medium_kyushu/
地溝帯の範囲・断層帯の区分・地殻変動の速度は、観測と評価の更新によって変わることがあります。記載は2026年9月時点の公表情報に基づきます。防災上の判断は、必ず自治体の最新のハザードマップと避難情報に従ってください。
次に確認する
- 中央構造線がどこを通るかを確認する — 四国を横断してきた断層帯が、由布院でこの地溝帯につながります
- フォッサマグナが何を分ける境界なのかを確認する — 本州を「縦」に切るほうの境界です
- 電子基準点網が災害時に測量の基準をどう支えるかを確認する — ひずみを測り続ける観測網そのものの話です
- 地震のあとに基準点成果が止まるとどうなるかを確認する — 九州で実際に起きたことです
- 書籍でまとめて学ぶ: 『日本の測地系Q&A』第7章「地震と動く日本列島」(Kindle Unlimited対応)
入門から通しで読むなら: 『日本の測地系がわかる本』 — 旧日本測地系から JGD2024 まで、座標がズレる理由と実務での扱いを1冊にまとめました(Kindle Unlimited 対応)
開発者より: アプリ・Kindle本・オープンソースの一覧は GitHub: amru195704 にまとめています。
お願い
本記事の情報は参考目的で掲載しており、正確性・完全性を保証するものではありません。誤記・不正確な情報がございましたら、コメント欄よりご指摘いただければ、確認のうえ修正いたします。

コメントを残す