地震が起きていないのに地面が動く? — GNSSが捉える「ゆっくりすべり」と、豊後水道でくり返す約6年の周期


地震が起きていないのに地面が動く? — GNSSが捉える「ゆっくりすべり」と、豊後水道でくり返す約6年の周期

地震が起きていないのに地面が動く? — GNSSが捉える「ゆっくりすべり」と、豊後水道でくり返す約6年の周期

動きます。 揺れないまま、プレートの境界が数日から数年かけてすべる現象があります。スロースリップ(ゆっくりすべり)です。地震計はほとんど反応しませんが、GNSSの連続観測は数mmから数cmの動きとしてこれを捉えます。豊後水道では約6年ごとにくり返しており、東海では2000年から2005年まで5年間続いたものが観測されました。現場の測量にとっては「基準点の座標が、地震も無いのに動く期間がある」という話でもあります。


地震とは何が違うのか

プレート境界がすべるという点では、地震もスロースリップも同じです。違うのはすべる速さだけです。

ふつうの地震 スロースリップ
すべりが進む時間 数秒〜数分 数日〜数年
揺れ 出る(地震波を出す) ほとんど出ない
気づき方 地震計 GNSS連続観測・傾斜計
すべり量 数十cm〜十数m 数cm〜十数cm

同じ量のすべりでも、一瞬でずれれば地震波が出て、ゆっくりずれれば何も鳴らない。だから「揺れなかった」ことは「動かなかった」ことを意味しません。地面が動いたかどうかを判定できるのは、揺れではなく位置を測り続けている装置のほうです。

これはRTK測量をやっている人には直感的に分かる話だと思います。受信機は揺れを測っているのではなく、座標そのものを測っている。だから「揺れない変動」が見える。

2種類のスロースリップ

国土地理院は、南海トラフ沿いで起きるゆっくりすべりを継続時間で2つに分けています。

短期的スロースリップ(S-SSE)

継続は数日間。四国や紀伊半島の深部で、深部低周波地震(微動)と時間・場所をそろえて発生します。同じ場所で数か月間隔でくり返すため、観測網から見ると「定期的に小さく動いている帯」があるように見えます。

微動と同期するのがポイントです。地震計に映る微動と、GNSSに映る変位が、同じ現象の別々の顔になっている。どちらか片方だけでは正体がつかめず、両方を並べて初めて「深部でゆっくりすべった」と言えるようになりました。

長期的スロースリップ(L-SSE)

継続は数か月から数年。こちらは単独で起き、GNSSの座標時系列が「それまでの直線からゆるく曲がる」という形で現れます。

記録に残っている主なものを並べます。

場所 時期
豊後水道 1997年ごろ/2003〜2004年/2009〜2011年/2018〜2019年
東海地方 2000〜2005年
房総沖 2007年(ほかの年にもくり返し発生)

豊後水道は約6年間隔でくり返してきたことが分かります。1997年ごろ・2003年・2009年・2018年と、おおむね一定のリズムです。これだけ規則的だと「次はいつか」を考えたくなりますが、間隔には幅があり、周期表のように予定が決まっているわけではありません。

東海の2000〜2005年は、5年にわたって続いたものとして特筆されます。数年スケールで座標が曲がり続けるので、1〜2年ぶんのデータだけを見ていると「そういう速度でプレートが動いているのだろう」と誤読しかねません。長期的スロースリップの検出が難しいのは、この「じわじわ」のせいです。

どうやって見つけるのか

GEONET(電子基準点網)の座標時系列を見ます。手順としてはこうなります。

  1. 各観測点の日々の座標(水平2成分+高さ)を並べる
  2. プレート運動による定常的な直線トレンドを差し引く
  3. 残った「非定常」な曲がりを探す
  4. 複数点で同じ向き・同じ時期にそろっていれば、深部のすべりを疑う

3番目の「残り」がポイントです。日本列島はふだんから年に数cm動き続けています。その常時の動きを引いた後に残るものだけが非定常地殻変動です。国土地理院は東海地域について、この非定常成分を継続的に公表しています。

4番目の「複数点でそろう」も重要です。1点だけの異常は、アンテナの不具合・積雪・周辺工事・地下水のくみ上げなど、いくらでも原因があり得ます。離れた複数点が同じ向きに曲がることが、深部の原因を示す根拠になります。現場でRTKの基準局座標を疑うときと、考え方はまったく同じです。

海の底でも見つかっている

陸のGNSSは海溝から遠いため、プレート境界の浅い側で何が起きているかは長らく分かりませんでした。ここを埋めたのがGNSS-A(海底地殻変動観測)です。

GNSS-Aの観測により、2017年末から2018年にかけて紀伊水道沖の海底観測点で、それまでの傾向と違う南向きの動きが検出され、プレート境界の浅部でスロースリップが起きていたことが明らかになりました。陸からは見えない場所の「ゆっくりすべり」を、音波と衛星測位の組み合わせが拾い上げた形です。

測量の現場には何が効いてくるか

ここからが実務の話です。スロースリップは、次の3つの形で測量の側に顔を出します。

1. 基準点の座標が、地震もなく動く期間がある

数cmの水平変位が数か月かけて進みます。cm級の精度を要求する仕事では、「前回と同じ点なのに合わない」の原因になり得ます。地震のように日付がはっきりしないぶん、原因の切り分けが面倒です。

2. 「定常的な変動」としての補正では吸収しきれない

セミダイナミック補正は、あらかじめ用意された年ごとのパラメータで今期の座標を元期へ戻す仕組みです。基本的には定常的な地殻変動を対象としており、非定常な変動はそのままでは扱えません。だから地震のあとには別途パッチ的なパラメータが用意されます。スロースリップも同じ性格の変動ですが、地震と違って「いつからいつまで」の線引きが難しいという厄介さがあります。

3. 長い基線ほど効く

RTKの基線が短ければ、基準局と移動局がいっしょに動くので差は出ません。固体地球潮汐のときと同じ理屈です。効いてくるのは、離れた基準点の成果と比べるとき、あるいは過去の成果と突き合わせるときです。

なぜ観測を続けるのか

スロースリップは、プレート境界のひずみを解放する現象でもあり、同時に隣の固着域にひずみを載せる現象でもあります。すべった領域のとなりには、その分だけ力がかかる。だから「どこが、どれだけ、いつすべったか」は、大きな地震の準備状態を推し量るうえで無視できない情報になります。

気象庁が南海トラフ沿いの地殻変動を常時モニタリングしているのも、深部低周波地震とゆっくりすべりの記録を毎月まとめているのも、この文脈です。ただし、スロースリップが起きたからといって大地震が近いと断定できるわけではありません。両者の関係はまだ研究の途上にあります。

それでも1つだけ確かなことがあります。この現象は、GNSSの連続観測が無ければ存在すら知られないままだった、ということです。1990年代に全国の電子基準点網が整って、毎日の座標が何年ぶんもたまって、はじめて「揺れずにすべる」という現象が姿を現しました。測り続けることが、そのまま発見になった例だと思います。

まとめ

  • スロースリップは、プレート境界が数日〜数年かけてゆっくりすべる現象。地震波をほとんど出さないため、地震計ではなくGNSSの座標時系列で検出する
  • 短期的(S-SSE)は数日間で、深部低周波微動と時間・場所をそろえて起きる。長期的(L-SSE)は数か月〜数年
  • 豊後水道は約6年間隔(1997年ごろ/2003〜2004年/2009〜2011年/2018〜2019年)、東海は2000〜2005年の5年間
  • 検出は「定常トレンドを引いた残り」を見る。複数点で向きがそろうことが根拠になる
  • GNSS-Aにより、2017年末〜2018年に紀伊水道沖の海底でも浅部スロースリップが検出された
  • 実務への影響は「地震もないのに基準点が動く期間がある」こと。短い基線では相殺されるが、離れた点・過去の成果と比べるときに効く
  • すべった領域のとなりにはひずみが載る。ただしスロースリップから大地震の発生を断定できるわけではない

出典

  • 国土地理院「非定常地殻変動とスロースリップ」 https://cais.gsi.go.jp/tokai/
  • 国土地理院「豊後水道周辺でプレート間のゆっくり滑り(スロースリップ)現象を検出」 https://www.gsi.go.jp/kenkyukanri/kenkyukanri60004.html
  • 国土地理院 地理地殻活動研究センター「GNSSデータを用いた短期的スロースリップイベントの検出に関する研究」 https://www.gsi.go.jp/common/000188833.pdf
  • 地震本部「GNSS-A海底地殻変動観測で捉えた南海トラフ海底下のスロースリップ」 https://www.jishin.go.jp/resource/column/column_19spr_p08/
  • 神戸大学「2018-2019年豊後水道スロースリップの詳細を解明」(2022年1月13日) https://www.kobe-u.ac.jp/ja/news/article/2022_01_13_01/

本記事の記述は2026年9月時点で公開されている資料に基づきます。スロースリップの発生時期・規模の推定値は解析手法や研究によって幅があるため、個別の数値は一次資料でご確認ください。


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