
GNSSの高さは1日でどれだけ動く? — 固体地球潮汐で上下30cm、それでも短い基線では消える理由
地面そのものが、上下におよそ30cm動いています。 月と太陽の潮汐力で固体の地球が変形する「固体地球潮汐」の量です。にもかかわらず、現場でRTKを回していてもこの30cmは見えません。基準局と移動局がほぼ同じだけ一緒に持ち上がるからです。動いているのに測れない——この関係を、消える条件と消えない条件に分けて整理します。
30cmという数字はどこから出ているか
潮汐力は月や太陽の重力から、地球が公転するために使われる分を引いた残りです。質量に比例し、距離の3乗に反比例します。この力で地球はラグビーボールのようにわずかに扁平し、地球は1日1回自転しているので、その扁平が周期的に通り過ぎていきます。月側と反対側で同じ効果になるため、主成分は半日周期です。
大きさは、上下方向に約30cm、水平方向に数cm。地球半径6,370kmに対する30cmですから、比率にすれば5,000万分の1程度の変形です。
なお、潮汐力そのものは月と太陽の両方から来ますが、質量÷距離の3乗で比べると月と太陽の比はおよそ1:3000、圧倒的に月が大きいことになります。
海面が上下する「潮の満ち引き」と混同されやすいのですが、こちらは地面のほうが動く現象です。潮位計を置いた岸壁も一緒に動くので、潮位の記録だけを見ていても分かりません。
もうひとつの潮汐——海水の重みで沈む
固体地球潮汐に加えて、日本のような島国では海洋潮汐荷重も効きます。
潮汐で移動してきた海水そのものが重しになり、その荷重で固体地球が二次的に変形する現象です。海底だけでなく、陸上にも影響が及びます。大きさは鉛直成分で1cmを超えると説明されており、cm級を扱う測位では無視できません。
固体地球潮汐と違うのは、場所ごとの効き方が大きく変わる点です。海岸線からの距離、周辺の海の深さ、潮汐の大きさで変わるので、「日本全国で同じだけ動く」わけではありません。適切な海洋潮汐モデルがあれば荷重グリーン関数で計算でき、現在の宇宙測地観測の解析ではソフトウェア内部で補正するのが一般的になっています。
なぜRTKの現場では見えないのか
ここが実務で一番大事なところです。
RTKもスタティックも、基準局と移動局の差(基線ベクトル)を求める相対測位です。潮汐による変形は、地球規模で見ればゆっくりした波なので、数km〜十数km程度しか離れていない2点は、ほぼ同じ量だけ同じ向きに動きます。
差を取れば、共通の動きは消えます。だから、
- 基準局を自分で立てて短い基線でRTKを回す → 潮汐はほぼ完全に相殺される
- ネットワーク型RTKで近傍の電子基準点を使う → 同様に大部分が相殺される
現場で「1日のうちに30cm上下する」ことが起きないのは、そもそも測っているのが絶対位置ではなく差だからです。

では、いつ効いてくるのか
相殺されるのは「両端がほぼ同じだけ動く」ときだけです。次の場合は事情が変わります。
1. 長い基線
基線が数百km以上になると、両端の潮汐変位の差が無視できなくなります。国土地理院のGEONET解析の歴史に、これがはっきり残っています。
解析ソフトウェアBernese Ver.4.2 の固体地球潮汐の補正モジュールにバグがあることが平成16年に開発元から報告され、このバグにより解析戦略第3版では解のスケールに4ppb程度の年周変動が生じることが報告されました。しかし国土地理院はあえて修正しませんでした。理由が明快です——「地殻変動監視に通常用いる短基線ではこの程度のスケール変化は影響がほとんどない」から。
その後、平成21年から運用が始まった解析戦略第4版でBernese Ver.5.0へ更新した際にバグも修正され、約1,020kmの長基線「八郷」―「猿払」では、第3版に見えていた顕著な年周変動が第4版ではほとんど見られなくなりました。国土地理院自身が、年周変動が軽減した理由のひとつとして固体地球潮汐の補正モジュールのバグ修正を挙げています。
短基線では無視できるが、1,000km級では年周変動として姿を現す——潮汐の効き方が基線長に依存することを、これ以上ないかたちで示した例です。
2. PPP(単独精密測位)
PPPは基準局との差を取りません。1点を絶対座標で求める方式なので、潮汐変位は差し引かれずにそのまま位置に乗ります。したがってPPPの処理では、固体地球潮汐と海洋潮汐荷重をモデルで補正することが前提になります。MADOCA-PPPのような基準局不要のサービスを使うときは、この補正が処理系の中で効いていることを頭に置いておくとよいでしょう。
3. 短時間の観測を並べて比べるとき
固体地球潮汐は半日周期が主成分です。つまり、朝に測った点と昼に測った点では、潮汐の位相が違います。相対測位ならこれも相殺されますが、絶対座標で短時間観測を複数回行い、その値を並べて議論する場面では、時刻の違いが効いてくる余地があります。
逆に言えば、電子基準点の「日々の座標値」は24時間のセッションで解析しているので、半日周期・1日周期の潮汐成分は平均化されて消えます。日々の座標値の時系列に潮汐のギザギザが見えないのはそのためです。
「動いていない」と「測れない」は違う
まとめると、こうなります。
| 測り方 | 潮汐の扱い |
|---|---|
| 短基線のRTK・スタティック(相対測位) | 両端がほぼ同じだけ動くので差で相殺。補正しなくても実用上問題にならない |
| 数百km以上の長基線 | 両端の差が残る。モデルで補正が必要 |
| PPP(絶対測位) | 差を取らないのでそのまま乗る。モデル補正が前提 |
| 電子基準点 日々の座標値 | 24時間セッションのため半日・1日周期は平均化される |
現場の感覚として押さえておきたいのは、「見えていないのは動いていないからではない」という点です。地面は今日も上下30cm動いていて、それが差の取り方によって消えているだけです。基準局を遠くに置いたり、絶対座標で議論を始めたりした瞬間に、消えていたものが戻ってきます。
観測値が思ったより素直に出るとき、その裏で何が相殺してくれているのかを知っておくと、素直でなくなったときに原因の当たりを付けやすくなります。
まとめ
- 固体地球潮汐による地面の変形は上下約30cm・水平数cm。主成分は半日周期
- 潮汐力の月と太陽の比はおよそ1:3000で、月が圧倒的に大きい
- 日本では海洋潮汐荷重も加わり、鉛直成分で1cmを超える。場所によって効き方が変わる
- 短基線の相対測位(RTK・スタティック)では、両端がほぼ同じだけ動くので差で相殺される
- 1,000km級の長基線では効く。GEONET解析戦略第3版では固体地球潮汐補正のバグで解のスケールに4ppb程度の年周変動が生じたが、短基線では影響がほとんどないため当時は修正されなかった。第4版で修正され、約1,020kmの「八郷」―「猿払」基線の年周変動が軽減した
- PPPは差を取らないので、潮汐変位はそのまま位置に乗る。モデル補正が前提
- 電子基準点の日々の座標値は24時間セッションのため、半日・1日周期の潮汐は平均化されて見えない
出典
- 高橋幸雄「3.14.6.9 地球潮汐」(情報通信研究機構) https://www2.nict.go.jp/sts/stmg/K3-Book/Manuscript/3.14%20model/3.14.6.9%20erath%20tidev3.pdf
- 日本測地学会Web版測地学テキスト 第3部応用編「荷重変形——海水の荷重」 https://geod.jpn.org/web-text/part3_2005/heki/heki-4.html
- 中川弘之ほか「GPS連続観測システム(GEONET)の新しい解析戦略(第4版)によるルーチン解析システムの構築について」国土地理院時報118 https://www.gsi.go.jp/common/000054716.pdf
本記事の数値は上記の一次資料に基づく代表値です(2026年9月時点)。固体地球潮汐・海洋潮汐荷重の実際の大きさは、観測点の位置・時刻・周辺の海域条件によって変わります。
次に確認する
- 基線長が長くなると精度がどう落ちるかを確認する — 潮汐が「差で消えなくなる」条件と同じ話が、誤差全体で起きています
- 対流圏遅延が高低差のある基線で効く理由を確認する — 相対測位で相殺されるはずの量が残るケースのもう一例です
- 基準局なしで測るMADOCA-PPPとRTKの使い分けを確認する — 差を取らない測り方の実際です
- 海底の位置をGNSSと音波で測るしくみを確認する — 潮汐が直接効いてくる海の側の測位です
- 地殻変動と座標の基準時刻(元期)の関係を図で確認する(GeoPrism JP) — 動き続ける地面を座標にどう固定するかの話です
- 書籍でまとめて学ぶ: 『日本の測地系Q&A』第11章「cm級測位の現場」(Kindle Unlimited対応)
入門から通しで読むなら: 『日本の測地系がわかる本』 — 旧日本測地系から JGD2024 まで、座標がズレる理由と実務での扱いを1冊にまとめました(Kindle Unlimited 対応)
開発者より: アプリ・Kindle本・オープンソースの一覧は GitHub: amru195704 にまとめています。
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