雨の日はRTKの精度が落ちる? — 2周波でも消せない対流圏遅延と、基準局との高低差


雨の日はRTKの精度が落ちる? — 2周波でも消せない対流圏遅延と、基準局との高低差

雨の日はRTKの精度が落ちる? — 2周波でも消せない対流圏遅延と、基準局との高低差

落ちることがあります。ただし効いているのは雨粒そのものではなく、雨をもたらしている「水蒸気」です。 大気の下層で電波が遅れる対流圏遅延は、電離層遅延と違って周波数に依存しません。だから2周波受信機でも消せません。そして基準局と移動局に高低差があるほど、差分では打ち消しきれずに残ります。


電離層と対流圏は、消し方がまるで違う

GNSSの電波は、地上に届くまでに大気を2回くぐります。上が電離層(およそ高度50km〜1000km)、下が対流圏(およそ地上〜10km)です。どちらも電波を遅らせますが、遅らせ方の性質が正反対です。

電離層 対流圏
高度のめやす 約50〜1000km 地上〜約10km
周波数への依存 する(周波数の2乗に反比例) しない(非分散性)
2周波での除去 できる(L1/L2/L5の組み合わせで消せる) できない
主な変動要因 太陽活動・季節・時刻・地域 気圧・気温・水蒸気量
対処のしかた 多周波の組み合わせ、基準局との差分 モデル計算+基準局との差分

電離層遅延は「周波数によって遅れ方が変わる」という性質があるため、2つ以上の周波数を同時に受信できれば、その差から遅延量を計算して消せます。これが2周波受信機の大きな利点です。

対流圏はそうはいきません。周波数が違っても遅れ方が同じなので、引き算しても何も出てこないのです。「2周波にしたのに雨の日が安定しない」という現場感覚は、この構造から来ています。

大気の状態がRTK測位品質に与える影響


遅延の中身は「乾いた分」と「湿った分」

対流圏遅延は、ふつう2つに分けて扱います。

対流圏遅延 =(乾燥大気(気圧・高度)による天頂方向の遅延 × 係数)
           +(湿潤大気(気温・水蒸気分圧)による天頂方向の遅延 × 係数)
                                                 ※係数は仰角で変わる
  • 乾燥(静水圧)成分:気圧と高度でほぼ決まります。全体の9割ほどを占めますが、地上気圧から精度よく推定できるので、モデル計算でかなり潰せます。
  • 湿潤成分:水蒸気の量で決まります。全体に占める割合は1割ほどですが、時間的・空間的に激しく変わるので予測しにくい。ここが厄介な相手です。

天頂方向(真上)の遅延量は合計でおよそ2m台、そのうち水蒸気による分が30cm前後というのが、よく引用される規模感です(場所・季節・天候で変わります)。

つまり「雨の日は電波が雨粒に吸われる」のではなく、雨を降らせるほど湿った空気が、遅延量を大きく・不安定にしているというのが実態に近い理解です。前線通過中や夏の夕立前のように、水蒸気量が短時間で入れ替わる状況がいちばん扱いにくくなります。


仰角が低い衛星ほど、遅延は大きくなる

上の式にある「係数」は、仰角で変わります。真上の衛星なら大気を最短距離で抜けますが、低仰角の衛星は大気を斜めに長く突っ切ります。同じ大気でも、通過する量が何倍にもなるわけです。

低仰角衛星が嫌われる理由は複数あって、マルチパスを拾いやすいこと、対流圏遅延のモデル誤差が大きくなること、この2つが重なります。マスク角(仰角マスク)を上げると解が落ち着くのは、両方が同時に減るためです。


RTKで消えるのは「共通の分」だけ

RTKは、基準局と移動局が同じ衛星を見て、その差を取ることで共通の誤差を打ち消します。衛星軌道の誤差も、衛星時計の誤差も、この差分で消えます。対流圏遅延も、2局が同じ大気を通っている限りは消えます。

問題は、いつ「同じ大気」でなくなるかです。

① 水平に離れる(基線長)

基準局から遠ざかるほど、電波の通り道が別々の空になります。上空の水蒸気分布が違えば、差分に残差が残ります。

② 上下に離れる(高低差)

こちらが見落とされやすい方です。対流圏遅延は受信機の高度によって変わります。基準局と移動局の高さが違うと、同じ高度までの大気は共通なので相殺できますが、その差の分の大気は片方しか通っていないので相殺できません

現場に置き換えると、こういう状況です。

状況 起きやすいこと
基準局を谷底に置き、尾根で観測する 高低差の分だけ対流圏の残差が乗る
ダム・法面・鉄塔など、上下に長い構造物を測る 測点ごとに残差量が変わる
基準局を高台に置き、平地を広く測る 一様なバイアスとして高さに効きやすい

水平距離が短くても高低差が大きければ残差は出ます。「基準局から近いのに高さだけ合わない」という違和感は、まずここを疑う価値があります。

③ ネットワーク型RTK(VRS)が効く理由

ネットワーク型RTK(VRS方式)は、複数の電子基準点の観測から、移動局のすぐ近くに仮想の基準局を作ります。仮想基準局は移動局と位置も高さも近いので、対流圏遅延の共通部分が大きくなり、残差が小さくなります。

ネットワーク型RTK(VRS)とCLASの違い


現場でできること

大気は変えられないので、やることは「共通部分を増やす」と「残差が乗る条件を避ける」の2方向です。

  1. 基準局と移動局の高低差を小さくする。 置き場所に自由があるなら、測る範囲の高さの中央あたりに基準局を置くほうが、上下どちらにも残差が偏りません。
  2. 基線長を詰める。 距離が短ければ、水平方向の大気の違いも小さくなります。
  3. 高低差が大きい現場ではネットワーク型RTKを検討する。 仮想基準局が近くにできるぶん、単独基準局より条件がよくなります。
  4. 仰角マスクを上げる。 低仰角衛星を切ると、対流圏のモデル誤差もマルチパスも同時に減ります。ただし切りすぎると衛星数が足りなくなるので、DOPを見ながら決めます。
  5. 天候が急変したら再初期化する。 前線通過や急な降り出しの前後は、大気の状態が入れ替わっています。Fixを引き継いだまま測り続けるより、いったん初期化し直したほうが安全です。
  6. 既知点でチェックする。 大気起因の誤差は「Fixしているのに合っていない」形で出ます。Fix表示は正しさの保証ではないので、作業の前後で既知点を測って確かめます。
  7. SkyPlotとDOPで何が分かる? — 仰角マスクを決めるときの判断材料に

まとめ

  • 対流圏遅延は周波数に依存しないので、2周波受信機でも消せない
  • 中身は乾燥成分(気圧・高度で決まる/推定しやすい)と湿潤成分(水蒸気で決まる/変動が激しい)
  • 天頂方向でおよそ2m台、うち水蒸気分は30cm前後という規模感。仰角が低いほど大きくなる
  • RTKの差分で消えるのは共通の分だけ。基線長と高低差が残差を生む
  • 高低差の大きい現場では、ネットワーク型RTK(VRS)が効きやすい
  • 「雨の日」の正体は雨粒ではなく水蒸気の量と、その変化の速さ

出典

  • テラサット・ジャパン「GNSS測位精度における主な誤差原因」 https://www.terasat.co.jp/archives/6847.html
  • 気象庁『測候時報』解説「船舶による海上のGNSS水蒸気観測について」 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/sokkou/90/vol90_5.pdf
  • 内閣府 みちびき(準天頂衛星システム)用語集 https://qzss.go.jp/glossary/index.html

記載は2026年8月時点の公開資料にもとづく一般的な整理です。遅延量の数値は場所・季節・天候によって大きく変わります。受信機やサービスごとの補正方式・推奨設定は、必ずメーカー・提供者の最新資料をご確認ください。


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