海の底でGNSSは使えるのか? — 電波の代わりに音波で測るGNSS-Aと、陸が5.3m動いたとき海底が24m動いていた話


海の底でGNSSは使えるのか? — 電波の代わりに音波で測るGNSS-Aと、陸が5.3m動いたとき海底が24m動いていた話

海の底でGNSSは使えるのか? — 電波の代わりに音波で測るGNSS-Aと、陸が5.3m動いたとき海底が24m動いていた話

届きません。だから音波を使います。

陸なら、電子基準点の座標を1日1回もらってくれば地面の動きが分かります。では海底は。答えは「GNSSの電波は海中を伝わらないので、測量船を中継点にして音波で測る」です。ただしこの方式でいちばん厄介なのは、距離でも衛星でもなく「海の中の音の速さ」でした。


陸でできていることが、海ではできない

日本列島を覆う電子基準点網とGNSS衛星の模式図

日本の陸上は、国土地理院の電子基準点網によってかなり密に監視されています。地殻変動の議論が数値で進むのは、この観測網があるからです。

ところが、海溝型地震の震源域はそのほとんどが海域にあります。海上保安庁の解説はこの点をはっきり書いています——プレート間の固着の強弱を推定するには地表の動きを面的に調べればよいが、震源域が海の下にある以上、陸の観測点だけでは観測点が遠すぎる

どのくらい足りないのか。海上保安庁のパンフレットには、陸域のデータだけで南海トラフの固着状態を推定した図と、海底のデータを足した図が並べて載っています。陸だけの図には「データ不足のため推定できない領域」が広く塗られていて、海域の半分ほどが白いままです。海底の動きを加えると、その白い部分が埋まります。

問題は、その海底で位置をどう測るかです。

船を挟む——GNSS-Aという方式

海上保安庁が実用化したのは GNSS-音響測距結合方式(GNSS-A) と呼ばれる方法です。名前のとおり、2つの測定を結合します。

段階 何を測るか 使うもの
① GNSS測位 測量船の位置を地球上で決める 船のマストのGNSSアンテナ(0.5秒サンプリング)
② 音響測距 測量船と海底局の距離を測る 船底の音響トランスデューサと、海底に置いた海底局

海底局はミラートランスポンダという装置で、船から送られてきた音響信号を受信すると、約1秒後にそのまま送り返します。返ってきた波形を船底で受け、理論上の送信波形と相関処理することで、音波が往復した時間を求めます。

音響信号は10kHzの正弦波を搬送波にして、M系列というコード化されたパルス信号で位相変調したものです。海底局は観測点ごとに複数台あるので、それぞれ違う識別信号を持たせて区別しています。海底局は、その海域の水深と同じくらいの範囲に広げて配置されます。

深海を往復した音波は弱くなり、波形も崩れます。それでも往復時間を数マイクロ秒の精度で読み取るために、ノイズに埋もれた信号を拾う波形相関法が使われています。

いちばん難しいのは距離ではなく「音の速さ」

音波の往復時間から距離を出すには、海中の音速度が要ります。ここが陸上のGNSS測量と決定的に違うところです。

電波の速さは真空中で一定として扱えますが、海中の音速度は水温と塩分で大きく変わります。しかも時間的にも空間的にも変わり続けます。そのため観測中は数時間ごとに、水温・塩分の鉛直プロファイルを測ります。

  • CTD観測——ワイヤーでつないだ機器をクレーンで沈め、水温・塩分・水深を測る。精度は良いが、測距と同時にはできない
  • XBT/XCTD観測——投下式。測距中でも測れる。XBTは比較的安価だが塩分が測れないので、前後のCTD/XCTDの結果から推定する

得られたプロファイルは Del Grossoの経験式 で音速度に換算します。

それでも足りません。海上保安庁の解説は、解析では海底局の位置だけでなく海中音速も未知数として同時に推定すると書いています。1回の観測で通常数千回の音響測距を行うのは、この未知数を分離するためでもあります。そして「この音速度構造の正確な推定が、海底局の位置を決定する上で非常に重要な課題」であるとも明記されています。

現場でRTKをやっている人には、電離層・対流圏の遅延を未知数として扱う話と重ねると分かりやすい構図です。測るべきものと、測る途中の媒質の性質を、同じ観測から一緒に解く。やっていることの骨格は同じです。

船は揺れ続けている

もう一つ、陸上の観測にはない補正があります。船の姿勢です。

GNSSアンテナはマストの上に、音響トランスデューサは船底にあります。この2点の相対位置を実座標に直すには、船の傾きが要ります。傾きはロール・ピッチ・ヨーの3つの回転で表され、船内の動揺計測装置で常時計測されています。

なお、観測が始まった2000年代初めは、船の後部でGNSSアンテナと音響トランスデューサを付けたポールを横抱きにして観測していたそうです。2008年以降は船底にトランスデューサが装備され、出港のたびに長いポールを折り曲げるような作業はなくなりました。GNSS測量でいえば、三脚と器械高の測定が固定設置に置き換わったのに近い変化です。

それで何が見えたのか——2011年3月11日

この観測がいちばん強い形で世に出たのが、東北地方太平洋沖地震です。

陸側の記録から見ます。国土地理院は2011年3月19日、停電などでデータが取れていなかった観測点を回収・再解析した結果として、電子基準点「牡鹿」(宮城県石巻市)が東南東へ約5.3m移動し、約1.2m沈下したと発表しました。当時の国内の水平変動としては最大級の値です。

同じ地震を海底で測ると、桁が変わります。海上保安庁のパンフレットに載っている地震時の変動図では、宮城県沖の海底基準点で 24m、その周辺でも23m・15mといった値が並び、陸寄りの点で5m級です(Sato et al., 2011, Science)。

場所 地震時の水平変動 出典
電子基準点「牡鹿」(陸上) 約5.3m(東南東)、約1.2m沈下 国土地理院 2011年3月19日発表
宮城県沖の海底基準点 24m 海上保安庁パンフレット(Sato et al., 2011)

陸で5.3m動いたとき、海溝寄りの海底は24m動いていた。震源域の直上で測らないと、この差は見えません。

地震のあと、海底は陸と逆に動いた

もっと意外なのは、そのあとの話です。

大きな地震のあとには余効変動が続きます。原因は大きく2つ——地震時にすべった領域の周辺が同じ向きにゆっくりすべる余効すべりと、地下の岩石が粘性的に変形して力を緩める粘弾性緩和です。

陸側では地震後、東北から関東の広い範囲で東向きの変動が続きました。ところが海上保安庁が2014年までのデータで見つけたのは、宮城県沖の大すべり域の海底が、沿岸とは正反対に西向き・沈降で動いているという結果でした。これは、その領域の余効変動では粘弾性緩和が支配的であることの決定的な証拠になりました。

さらに10年分を解析した2021年の研究では、次のことが示されています。

  • 大すべり域の北端(岩手県沖)では、粘弾性緩和による西向きを打ち消す東向きの動き=余効すべりがあり、地震後3年程度で減衰した
  • 福島県沖では地震後2〜3年まで急激な東向き・沈降が見られ、東向きは2014年以降小さくなったが、沈降は2020年も続いている
  • 水平がほとんど動かずに沈降だけ続くという動きを説明できるソースは粘弾性緩和しかなく、そのためには観測点より海溝側で地震時に大きくすべっている必要がある

つまり、地震後の動きの「減り方の違い」から、地震のときに何が起きたかを逆算したわけです。福島県沖の海溝近くで大きなすべりがあったという推定は、津波のデータとも整合しています。

現場の感覚で読み直すと

RTKやスタティック観測をやっている立場から見ると、GNSS-Aは「観測が難しい方向に全部振れた測量」です。

  • 基準点が動かせない——海底局はバッテリーで動くので更新が要る。更新時は新旧の海底局を一定期間並行して測り、投入位置のずれを測ってから系列をつなぐ
  • アンテナが固定されない——船は常に揺れているので、姿勢を測って毎エポック補正する
  • 媒質が均一でない——電離層・対流圏どころではなく、水温・塩分で刻々と変わる音速を同時推定する
  • 点数で殴る——1点あたり通常数千回の測距を積む

やっていることの構造は、陸上のGNSS測量で毎日やっている「初期化・平均化・幾何補正」と同じです。違うのは、そのどれもが桁違いに効いてくるという一点だけです。

そして得られる成果は、陸の観測では原理的に届かない場所の情報です。この観測結果は地震調査委員会や地震予知連絡会に定期的に提出され、総合的な評価の材料になっています。

まとめ

  • GNSSの電波は海中を伝わらない。GNSS-Aは測量船を中継点にして、GNSS測位と音響測距を結合する方式
  • 海底局はミラートランスポンダ。10kHzの搬送波をM系列で位相変調した信号を使い、往復時間を数マイクロ秒精度で読む
  • 最大の課題は海中音速度。CTD/XBT/XCTDで水温・塩分を測り、Del Grossoの式で換算したうえ、解析では音速も未知数として同時推定する
  • 東北地方太平洋沖地震では、陸上の電子基準点「牡鹿」で約5.3m、宮城県沖の海底基準点で24mの水平変動
  • 地震後、大すべり域の海底は陸と逆向き(西向き・沈降)に動いた。これが粘弾性緩和の証拠になった
  • 南海トラフでは、陸のデータだけだと海域の半分ほどが「推定できない領域」として残る

出典

  • 海上保安庁 海洋情報部「海底地殻変動観測 観測の目的」 https://www1.kaiho.mlit.go.jp/chikaku/kaitei/sgs/index.html
  • 海上保安庁 海洋情報部「海底地殻変動観測 観測のしくみ」 https://www1.kaiho.mlit.go.jp/chikaku/kaitei/sgs/detail.html
  • 海上保安庁 海洋情報部 パンフレット「海底地殻変動観測 〜海底の動きを捉える〜」(2018年6月作成) https://www1.kaiho.mlit.go.jp/chikaku/kaitei/sgs/pamphlet_180629-3.pdf
  • 海上保安庁 海洋情報部「東北地方太平洋沖地震後10年にわたる海底地殻変動観測が明らかにした地震時・地震後すべり挙動」(2021年8月12日) https://www1.kaiho.mlit.go.jp/chikaku/kaitei/sgs/results/eps_20210812.html
  • 国土地理院「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に伴う地殻変動について 〜データ回収により、新たに牡鹿半島での変動が明らかに〜」(平成23年3月19日発表) https://www.gsi.go.jp/chibankansi/chikakukansi_tohoku2.html

本記事の記述は2026年9月時点で公開されている資料に基づきます。数値・手順はすべて上記の一次資料から引いたもので、海底の変動量(24m等)は海上保安庁パンフレット掲載の図に付された値です。観測点の配置・台数は資料の作成時点のものであり、現在の展開状況とは異なる可能性があります。RTK観測との対比は理解のための筆者の整理であり、両者の手法・精度が同等であることを意味しません。


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