
日本一低い山はどこ? — 標高3mの日和山・4.53mの天保山・標高0mの大潟富士、順位を決めているのは何か
日和山、標高3m。
国土地理院の地形図に山名が載っている山でいえば、宮城県仙台市のこの山が日本一低いとされています。ただし国に「日本一低い山」を認定する制度はありません。では、順位を決めているのは何でしょうか。
答えは、地形図に山名が載っているかどうかと、そこに書かれた標高の値です。だから基準を1つ変えるだけで、答えは標高0mの山に入れ替わります。 そしてその標高自体も、地面が動けば改定されます。
「山」を決めているのは、高さではなく地名
まず出発点を押さえておきます。測量の世界に「何メートル以上を山と呼ぶ」という定義はありません。
国土地理院の地形図に山名が載る条件は、おおむね「その土地の自治体などが地名として認めていること」です。丘でも築山でも、地元が山として扱っていて、地形図に山名と標高が記載されれば、それが公的な記録上の「山」になります。逆にどれだけ盛り上がっていても、地名として認知されていなければ地形図に山名は載りません。
つまり「日本一低い山」は、測量が決めた順位ではなく、地図に載った地名の一覧を高さで並べ替えた結果です。ここを取り違えると、次に出てくる「順位の入れ替わり」が理解しにくくなります。
日和山(宮城県仙台市)— 標高3m
現在いちばん低いとされているのが、仙台市宮城野区蒲生の日和山です。
もともとは標高6m級の築山でした。船乗りが天候(日和)を見るために作られた小山で、同じ由来の「日和山」は全国の港町に点在しています。
1996年、大阪の天保山が地形図に山名で掲載されると、日和山は2番目に下がりました。そして2011年の東北地方太平洋沖地震の津波で、日和山はほぼ削り取られました。 地元の人たちが山を積み直し、2014年4月の国土地理院の調査で標高3mとして確認され、18年ぶりに最も低い山に戻った——という経緯をたどっています。
ここには2つの理由が重なっています。津波で地形そのものが削られたことと、東北地方太平洋沖地震で周辺の地盤自体が沈下したこと。日和山の高さの変化は、片方だけでは説明できません。
天保山(大阪府大阪市)— 標高4.53m
大阪市港区の天保山は、1831年(天保2年)に安治川の浚渫(しゅんせつ)土を積み上げてできた築山です。もとは20m級だったものが、地盤沈下と土砂の採取で低くなりました。
現在の標高は4.53m。特筆すべきは、山頂に二等三角点があることです。築山でありながら、国の基準点網の一部として座標と標高が管理されている山、ということになります。1996年7月に地形図へ山名が掲載されて日本一低い山と扱われるようになり、2014年からは2番目です。
日和山も天保山も、人の手で盛られた築山です。この点は後の節でもう一度効いてきます。
大潟富士(秋田県大潟村)— 標高0m
順位の話とは別枠で、標高の意味を考えるうえでいちばん面白いのが秋田県大潟村の大潟富士です。
大潟村は八郎潟を干拓してできた村で、村の大部分が海面より低い土地です。その一角に築かれた大潟富士は、山頂の標高がちょうど0mになるように作られています。ふもとの地面は標高マイナス3.776m。富士山の3776mを1000分の1にした高さを盛ることで、頂上が0mにそろう——という設計です。
「標高0mの山」は言葉としては矛盾しているように聞こえますが、標高が「土地が高いかどうか」ではなく「ある基準面から測った高さ」だと分かっていれば、何も矛盾していません。 基準面より下に地面があるだけの話です。
では、0mの大潟富士のほうが低いのでは?
ここで当然の疑問が出ます。0mの山があるなら、3mの日和山より低いではないか。
そのとおりです。実際、大潟富士も「日本一低い山」として紹介されることがあります。にもかかわらず日和山が最低峰として語られるのは、何を1つの「山」として数えるかの線引きが、数え手ごとに違うからです。
- 人工の築山を含めるか(含めなければ、徳島市の弁天山6.1mが自然の山としての最低峰)
- 地形図への山名の記載を条件にするか
- そもそも標高0m・マイナスの土地に立つ盛り土を「山」と呼ぶか
つまり「日本一低い山はどこか」は、順位表の問題ではなく、定義の問題です。 冒頭で「基準を1つ変えれば答えが入れ替わる」と書いたのはこの意味で、どの答えが正しいかを争っても決着しません。決着するのは、どの基準で数えたかを先に言ったときだけです。
この構図は、このあと出てくる標高そのものの話とまったく同じ形をしています。
その「0m」は、どこの0mか
ここが本題です。日本の標高のゼロは、東京湾の平均海面と決められています。

- 明治期に東京湾で潮位を観測し、その平均を高さゼロとする面を定めた
- 東京都千代田区永田町の日本水準原点を出発点として、水準測量で全国に高さを配った
- この平均海面を陸地の下まで延長した面がジオイドで、標高はジオイドからの高さ
つまり「標高0m」は、いま目の前にある海面のことではありません。東京湾で決めた1つの基準面を、日本中に引き延ばしたものです。だから海から遠く離れた内陸でも標高が言えますし、干拓地のように基準面より低い土地も存在できます。「海抜ゼロメートル地帯」が陸の上にあるのは、そういう理屈です。
GNSS受信機が直接出すのは、この標高ではありません。地球を数式で表した回転楕円体からの高さ(楕円体高)です。両者は日本国内でも数十メートル違います。
楕円体高 = 標高 + ジオイド高
RTK-GNSSで標高3mの山を測ると、受信機の生の値は30mを超えることがあります。cm級の精度で測れていても、何を基準にした高さかを間違えれば数十メートル外れる——低い山の話は、この構図を極端な形で見せてくれます。
順位が入れ替わるのは「成果が改定される」から
日和山の順位が動いた本当の理由は、山が低くなったことだけではありません。その一帯の標高成果そのものが改定されたことが効いています。
日本の測量成果は、地震や地殻変動があると国土地理院が改定します。
| 起きること | 成果への影響 |
|---|---|
| 大きな地震 | 水平・上下の座標が動く。地震後に成果が改定される |
| 定常的な地殻変動 | 毎年じわじわ動く。セミダイナミック補正・POS2JGDで扱う |
| 高さの基準の見直し | 2025年4月の標高成果改定のように、全国規模で標高値が変わる |
現場の実感としては、「同じ点を同じ精度で測ったのに、去年の帳簿と数センチ合わない」という形で現れます。機械の誤差ではなく、基準のほうが更新されているわけです。低い山の順位争いは、その一番わかりやすい例と言えます。
標高が3mか4.53mかという競争は、10cmの改定で簡単にひっくり返ります。日本一低い山というテーマは、測量成果が固定値ではないことを、数字の小ささのおかげで誰でも体感できる題材なのです。
現場でこの話が効いてくる場面
低い土地でRTK観測をするとき、この記事の内容は雑学では済みません。
- 干拓地・埋立地・ゼロメートル地帯では、標高がマイナスになる点を扱う。データの検算で「標高が負=入力ミス」と決め打ちすると、正しい値を弾いてしまう
- 標高の桁が小さい場所ほど、ジオイド高の取り違えが目立つ。楕円体高をそのまま標高欄に入れると、3mの点が36mになる
- 成果改定のあった地域では、既知点の標高が改定前か改定後かを必ず確認する。低標高の現場では、数cmの改定が相対的に大きな比率になる
「日本一低い山はどこか」という問いの答えを1つ覚えるより、その答えが動く仕組みを知っておくほうが、現場では役に立ちます。
各山の標高・順位は、地形図の改定や測量成果の改定によって変わることがあります。本記事の記述は2026年8月時点で確認できた公表情報に基づきます。
出典
- 国土地理院「日本水準原点・水準測量」 https://www.gsi.go.jp/sokuchikijun/suijun-kijun.html
- 国土地理院「ジオイド」 https://www.gsi.go.jp/buturisokuchi/geoid2011_00.html
- 国土地理院「基準点・測地観測データ」 https://www.gsi.go.jp/sokuchikijun/sokuchikijun40003.html
- 日和山(仙台市)— Wikipedia 日本語版 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E5%92%8C%E5%B1%B1_(%E4%BB%99%E5%8F%B0%E5%B8%82)
- 天保山 — Wikipedia 日本語版 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E4%BF%9D%E5%B1%B1
- 最も低い山 — Wikipedia 日本語版 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E3%82%82%E4%BD%8E%E3%81%84%E5%B1%B1
- 日本経済新聞「大阪・天保山 vs. 仙台・日和山 日本一低い山は?」 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO53415230W9A211C1AA1P00/
- ニッポン旅マガジン「標高0m、日本一低い山・大潟富士とは!?」 https://tabi-mag.jp/ogatafuji/
次に確認する
- RTKで測った高さがそのままでは標高にならない理由を確認する — 楕円体高とジオイド高を現場で取り違えるとどうなるかの回です
- GNSS測量で高さを出すときの作業規程上の扱いを確認する — 水準測量の代わりにGNSSを使えるのはどこまでか
- 東京の地盤沈下と水準測量の記録を確認する — 地面そのものが下がると標高がどう動くか
- 地震のあと基準点の成果がいつ改定されるのかを確認する — 「順位が入れ替わる」側のしくみです
- 富士山の標高3776mが誰にどう測られてきたかを確認する(GeoPrism JP) — 同じ「高さの基準」の話を、いちばん高い側から見た回です
- 書籍でまとめて学ぶ: 『日本の測地系Q&A』第8章「標高・ジオイド・海面」(Kindle Unlimited対応)
入門から通しで読むなら: 『日本の測地系がわかる本』 — 旧日本測地系から JGD2024 まで、座標がズレる理由と実務での扱いを1冊にまとめました(Kindle Unlimited 対応)
開発者より: アプリ・Kindle本・オープンソースの一覧は GitHub: amru195704 にまとめています。
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