
GNSSの1周波と2周波は何が違う? — RTKに二周波受信機が要る理由と、スマホ測位との差
いちばん大きな違いは「電離圏による遅れを自力で打ち消せるかどうか」です。 電波の遅れ方は周波数によって変わるので、2つの周波数で同じ衛星を測れば、その差から遅れの大部分を計算で消せます。1周波では消せません。二周波受信機が高いのはこの一点のためで、Fixの速さも安定性も、ここから派生した結果です。
この記事は受信機の設計そのものの話です。太陽フレアで電離圏が荒れた日にどう立て直すかという運用側の話は別記事で扱っています。
そもそも「周波数」とは何を指しているか
GNSS衛星は、1機で複数の周波数の電波を同時に出しています。GPSとみちびき(QZSS)で使われている代表的な帯は次の3つです。
| 帯 | 周波数 | 波長のめやす | 備考 |
|---|---|---|---|
| L1 | 1575.42 MHz | 約19cm | 最も古くからあり、全受信機が対応 |
| L2 | 1227.60 MHz | 約24cm | 測量用受信機が長年使ってきた2本目 |
| L5 | 1176.45 MHz | 約25cm | 新しい民生向けの2本目。航空用に保護された帯 |
「1周波(シングル周波数)受信機」はこのうちL1だけを受けます。「二周波(デュアル周波数)受信機」はL1に加えてL2かL5、最近は両方を受けます。
みちびきにはさらに L6 という帯があり、CLASやMADOCAの補強情報はここで配信されています。L6は測位そのものの電波ではなく「補正データの配信路」なので、二周波かどうかとは別の話です(→CLASと7機体制の記事)。

二周波の本命:電離圏遅延を「引き算で」消す
上空100〜1000kmあたりの電離圏には自由電子があり、GNSSの電波はここを通るときに遅れます。この遅れには、実測でも理論でも確かめられている性質があります。
遅れの大きさは、周波数の2乗にほぼ反比例する。
つまり周波数の低いL2やL5のほうが、L1より大きく遅れます。ここが決定的です。同じ衛星・同じ瞬間の遅れを2つの周波数で測ると、未知だった電子の量を式から追い出せるのです。
- 1周波:遅れの量が分からないので、全球平均のモデル(放送されている係数)で「だいたいこのくらい」と引く。残差は大きい
- 二周波:L1とL2(またはL5)の観測を組み合わせ、遅れの主要部分を計算で消す。残るのはごく小さい高次の項だけ
静穏な日でも電離圏の遅れはメートル級になります。1周波はこれをモデルで半分程度しか削れないのに対し、二周波はほぼ消せる。この差が、単独測位とcm級測位を分ける最初の分岐です。
「短い基線なら1周波でも測れる」のはなぜか
ここで現場の実感と食い違いが出ます。1周波のRTKでも、基準局が近ければちゃんとFixするからです。
理由は、RTKが差分をとる方式だからです。基準局と移動局が数km以内にあれば、両者の電波はほぼ同じ電離圏を通ってきます。遅れの量もほぼ同じなので、引き算した時点で勝手に消える。1周波の弱点が現れないのです。
逆に言えば、基線が伸びるほどこの前提が崩れます。
| 基線長のめやす | 1周波RTK | 二周波RTK |
|---|---|---|
| 〜数km | ほぼ問題なくFixする | 同じ |
| 5〜10km | 電離圏の差が効き始め、Fixが渋くなる | 安定 |
| 10km以上 | 実用が苦しい | 前提の構成 |
| ネットワーク型(VRS/CLAS) | 想定外 | 必須 |
ネットワーク型RTKやCLASが長い距離でも成立するのは、二周波であることを前提に大気の誤差をモデル化しているからです(→基線長と精度の関係)。
Fixが速くなるのは「副産物」
二周波の効能としてよく挙がる「初期化が速い」も、原理は同じ組み合わせから来ています。
L1とL2の観測を差でとると、もとの波長より長い、擬似的な波長の観測値が作れます(ワイドレーン)。GPSのL1とL2なら約86cmになり、L1単独の約19cmよりずっと粗い。粗いということは候補の数が少ないということで、整数値バイアスをまず粗く決め、そのあと本来の細かい波長で詰める、という段階的な決め方ができます。
1周波では約19cmの候補を一気に当てにいくしかありません。二周波でFixが速く、いったん外れても復帰が早いのは、この段取りが使えるかどうかの差です(→整数値バイアスとは何か)。
二周波でも消えないもの
期待しすぎないための線引きも要ります。二周波が消してくれるのは電離圏の遅れだけです。
- 対流圏の遅れ(下層大気・水蒸気)は周波数に依存しないので、二周波でも消えません。モデルと推定で扱います
- マルチパス(反射波)は周波数ごとに違う出方をしますが、打ち消せる関係ではありません(→マルチパスの見分け方)
- アンテナ位相中心のずれ、アンテナ高の入力ミスは、当然そのまま残ります
- 衛星軌道・時計の誤差は補正情報の側の担当です
「二周波にしたのにばらつく」という相談のほとんどは、この4つのどれかです。
スマートフォンはどうなのか
スマートフォンにも二周波(L1+L5)に対応した機種があります。ただし現場の測量機と同じにはなりません。
| スマホ二周波 | 測量用二周波受信機 | |
|---|---|---|
| 受ける帯 | L1+L5が中心 | L1/L2/L5+他システム多数 |
| アンテナ | 小型・無指向、地面反射に弱い | 位相中心が管理された測量用 |
| 搬送波位相 | 取り出せる機種はあるが品質は劣る | 前提の観測量 |
| 期待できる精度 | 単独でメートル前後 | 補正込みでcm級 |
対応状況は機種・世代・地域で異なるため、メーカーの仕様で確認してください。傾向として言えるのは、スマホの二周波化で効くのは「街中で数十mずれる」が減ることであって、cm級に届くことではないという点です(→ASNAVとスマホ単独測位)。
現場での判断
- 基準局が自前で、現場が数km圏に収まるなら、1周波の構成でも成立はする。ただし選択肢が狭く、悪条件で粘れない
- ネットワーク型RTK・CLAS・MADOCAを使うなら二周波は前提。ここに迷う余地はない(→VRSとCLASの比較)
- 電離圏が荒れる日に作業を止めたくないなら二周波。それでも荒天時は限界がある
- どちらの構成でも、その日その場所の実力は既知点で測って確かめる(→現場ヘルスチェック)
まとめ
- 二周波の本質は、電離圏の遅れを2つの周波数の差で消せること。1周波はモデルで近似するしかない
- 短基線のRTKでは差分で勝手に消えるため、1周波でも成立する。基線が伸びるほど差が出る
- Fixが速いのは、L1とL2の組み合わせで粗い波長(ワイドレーン)から段階的に絞れるため
- 二周波でも、対流圏・マルチパス・アンテナ高の誤差は消えない
- スマホの二周波は「街中のずれが減る」効果であって、cm級とは別の世界
出典
- 内閣府「みちびき(準天頂衛星システム)」信号仕様 https://qzss.go.jp/
- 国土地理院「測量に関する技術資料」 https://www.gsi.go.jp/gijyutukanri.html
- 国土地理院「電子基準点とGEONET」 https://www.gsi.go.jp/kanshi/index.html
周波数・波長の値は各システムの公開仕様に基づく代表値です。基線長ごとの可否は受信機・補正サービス・現場条件で変わる目安であり、保証値ではありません。記載は2026年8月時点の情報に基づきます。
次に確認する
- 整数値バイアス(Fix解)が何を決めた状態なのかを確認する — 本記事の「ワイドレーンで粗く決める」の前提になる話です
- 基線長が伸びると精度がどう落ちるかを確認する — 1周波の限界が現れる境目が具体的に分かります
- 電離圏が荒れた日の立て直し方を確認する — 二周波でも苦しくなる日の運用側の手当てです
- ネットワーク型RTKとCLASの違いを確認する — どちらも二周波を前提にした補正方式です
- 電波の遅れがどう位置の誤差に変わるのかを図で確認する(GeoPrism JP) — 遅れ=距離の伸び、という関係が図で追えます
- 書籍でまとめて学ぶ: 『日本の測地系Q&A』第10章「GPSとみちびきのしくみ」(Kindle Unlimited対応)
開発者より: アプリ・Kindle本・オープンソースの一覧は GitHub: amru195704 にまとめています。
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