
Galileo HASとCLASの違いとは — どちらも衛星から降ってくる補正情報なのに、精度とカバー範囲が違う理由
いちばん大きな違いは「精度帯」と「カバー範囲」です。 CLAS はみちびきの L6D 信号で日本の陸域にセンチメートル級の補強情報を降らせます。欧州の Galileo HAS は E6-B 信号で全球に補正を降らせますが、サービスレベル1の目標性能は水平20cm未満・垂直40cm未満(いずれも95%)で、cm級ではなくデシメートル級です。どちらも基地局も携帯回線も要らないのに、なぜこの差が出るのか——補正の中身を見ると理由がはっきりします(本記事の数値は2026年9月時点の公開資料に基づきます)。

結論だけ先に
| CLAS(みちびき) | Galileo HAS SL1 | Galileo HAS SL2(将来) | |
|---|---|---|---|
| 補正を運ぶ信号 | みちびき L6D | Galileo E6-B +インターネット | 同左 |
| カバー範囲 | 日本の国土中心 | 全球 | 欧州域(ECA) |
| 補正の中身 | 衛星の軌道・クロック・バイアス+大気(電離層・対流圏)の格子 | 軌道・クロック・コード/位相バイアス(大気補正なし) | SL1 + 大気補正 |
| 精度目標 | センチメートル級 | 水平 < 20cm・垂直 < 40cm(95%) | 同じ精度目標で収束が速い |
| 収束時間の目標 | 比較的すぐ | < 300秒 | < 100秒 |
| データ量 | L6 帯で配信 | 衛星1機あたり448 bps | 同左 |
| 対応衛星系 | GPS・みちびき・Galileo・GLONASS 等(版により異なる) | Galileo + GPS | 同左 |
| 利用料 | 課されていない | 課されていない | — |
要点はここです。 CLAS は「その場所の大気がどうなっているか」まで配信しています。Galileo HAS SL1 は衛星側の誤差(軌道・クロック・バイアス)だけを配信し、電離層と対流圏の遅延は受信機が自分で処理します。大気の情報を持っているかどうかが、cm級とデシメートル級を分ける最大の要因です。
CLAS は「衛星の誤差」と「大気」の両方を配る
CLAS(Centimeter Level Augmentation Service/センチメータ級測位補強サービス)は、内閣府が運用するみちびきが L6D 信号で配信する補強サービスです。国土地理院の電子基準点網(GEONET)の観測から、衛星の軌道・クロックの誤差だけでなく、日本上空の電離層・対流圏の遅延を格子状のモデルとして推定し、まとめて配信します。
受信機は、自分の位置に近い格子の値を取り出して観測値から差し引けるので、搬送波位相の整数値(アンビギュイティ)を短時間で決められます。結果として、基地局も携帯回線も使わずにセンチメートル級に到達できます。代わりに、大気の格子が整備されている範囲=日本の国土周辺を出ると、この強みは使えません。
みちびきの補強対象衛星スロットは順次拡張されており、常時見える補強対象衛星が増えるほど、上空視界の悪い場所でも解を保ちやすくなります。その現場感は別記事にまとめています。
Galileo HAS は「全球で使える」代わりに大気を配らない
Galileo HAS(High Accuracy Service)は、2023年1月24日に Initial Service が宣言された欧州の高精度サービスです。配信するのは次の3種類です。
- 放送暦に対する衛星軌道の補正
- 放送暦に対する衛星クロックの補正
- 衛星バイアス(コードバイアス。位相バイアスはサービスレベル1の Initial Service では未提供)
受信機側は、これを使って PPP(Precise Point Positioning) を解きます。PPP の利点は、近くに基準局が要らないこと。世界中どこでも同じ手順で絶対位置が出ます。欠点は、大気の情報が来ないので電離層の影響を周波数の組み合わせ(電離層フリー結合)で自力で消す必要があり、そのぶん収束に時間がかかることです。サービスレベル1の収束時間目標は300秒未満、サービスレベル2でも100秒未満とされています。
配信経路はふたつあります。
- Galileo E6-B 信号(搬送波 1278.75MHz、BPSK(5))。衛星1機あたり毎秒448ビット。通信圏外でも受け取れます。
- インターネット経由(NTRIP)。利用には登録が必要です。
E6 を受信できる測量用受信機なら、日本国内でも E6-B 経由で HAS の補正を受け取れます。ただし前述のとおり大気補正が含まれないため、日本国内で使っても CLAS のような即時の cm 級にはなりません。
意外な共通点:補正の形式がどちらも Compact SSR 系
面白いのはここです。Galileo HAS の補正フォーマットは、公開資料で 「Compact-SSR(CSSR)に類似した公開フォーマット」 と説明されています。Compact SSR は、みちびきの CLAS が L6 メッセージで使うために整備された、RTCM STANDARD 10403.2 互換のメッセージ群です。
つまり、限られた衛星の通信帯域に SSR(State Space Representation)補正を詰め込むという課題に対して、日本の CLAS が先に採った解法が、欧州の全球サービスの設計にも参照されているという構図になっています。SSR は「誤差を場所ごとの差分ではなく、衛星ごとの状態量として記述する」考え方で、1対多の放送配信に向きます。RTCM の観測値そのものを流すネットワークRTK(OSR 的なやりかた)とは、そもそも設計思想が違います。
現場での使い分け
| 状況 | 向く方式 |
|---|---|
| 日本国内・携帯回線が不安定・cm級が必要 | CLAS(L6D 対応受信機) |
| 日本国内・携帯回線あり・cm級が必要 | ネットワークRTK(VRS)または CLAS |
| 海外の現場・デシメートル級で足りる | Galileo HAS(E6 対応受信機) |
| 広域・長時間の連続測位・デシメートル級 | Galileo HAS/MADOCA-PPP |
| 数cmの境界確定・出来形 | RTK(VRS・単独基地局)または CLAS |
判断の順番は「①どこで測るか → ②何cmまで許されるか → ③携帯回線は届くか」です。精度帯を取り違えると、デシメートル級の方式で境界を測ってしまう事故になります。
PPP 系の方式には共通して収束待ちがあります。移動前に受信を始めておく、測位を止めずに連続運用する、といった段取りが効くのは MADOCA-PPP と同じです。
測った座標を成果にするときの注意
どの補強サービスを使っても、出てきた座標は「そのサービスが依拠する基準座標系の、そのときの座標」です。Galileo HAS の補正は Galileo の基準座標系(GTRF、ITRF にごく近い)を前提にした軌道・クロックに対する補正なので、PPP で出た座標は ITRF 系の今期座標になります。日本の測量成果(JGD2011/JGD2024)に載せるには、元期への変換が必要です。この工程は MADOCA-PPP の出力を扱う場合と同じ考え方で、GeoConverter Pro 側の記事で手順を整理しています。
GeoDiveExa(GDE)は、RTK-GNSS で得た高精度な位置を地図上で確認・記録する iOS アプリです。移動局が出した測位結果を扱う点はどの補強方式でも共通なので、「補正をどこから取るか」を現場条件で選び、その結果を GDE で可視化・整理する、という関係になります。
まとめ
- CLAS = L6D・日本中心・大気補正あり・cm級。基地局も通信も不要。
- Galileo HAS = E6-B+インターネット・全球・大気補正なし・水平20cm/垂直40cm目標。収束300秒未満が目標。
- 差の主因は大気(電離層・対流圏)の情報を配っているかどうか。
- 補正フォーマットはどちらも Compact SSR 系。日本の設計が全球サービスに参照されている。
- 出力は ITRF 系の今期座標。日本の成果に載せるには元期への変換が要る。
出典
- Galileo High Accuracy Service (HAS) — European GNSS Service Centre: https://www.gsc-europa.eu/galileo/services/galileo-high-accuracy-service-has
- Galileo High Accuracy Service (HAS) — ESA Navipedia(サービスレベル1/2の性能表): https://gssc.esa.int/navipedia/index.php/Galileo_High_Accuracy_Service_(HAS)
- Galileo HAS Service Definition Document (SDD): https://www.gsc-europa.eu/sites/default/files/sites/all/files/Galileo-HAS-SDD_v1.0.pdf
- Galileo HAS Signal In Space ICD: https://www.gsc-europa.eu/sites/default/files/sites/all/files/Galileo_HAS_SIS_ICD_v1.0.pdf
- センチメータ級測位補強サービス(CLAS)— 内閣府 みちびき(QZSS)公式: https://sys.qzss.go.jp/dod/archives/clas.html
- [お知らせ] CLAS:IS-QZSS-L6-007に準拠した補強対象衛星スロット増加開始 — みちびき: https://qzss.go.jp/info/information/clas_250828.html
次に確認する
- ネットワークRTK(VRS)と単独CLASの使い分け — 本記事の CLAS 側を、携帯回線を使う VRS と比べて現場条件で選び分ける話です
- MADOCA-PPPは基地局なしでどこまで出るのか — Galileo HAS と同じ PPP 系で、みちびき L6E を使う方式の精度帯と収束時間を実務目線で整理しています
- みちびきCLASの補強スロット増加と7機体制 — CLAS が補強できる衛星が増えると現場の何が変わるかを書いています
- 単独測位からRTKまで、測位方式ごとの精度差を図で見る(GeoPrism JP) — 本記事の「cm級」「デシメートル級」という精度帯の差を円の大小で視覚的に確認できます
- MADOCA-PPPの出力をJGD2024へ変換する手順(GeoConverter Pro) — PPP で出た ITRF 系・今期の座標を日本の成果(JGD2024)へ載せ替える実務側の工程です
- 書籍でまとめて学ぶ: 『日本の測地系Q&A』第11章「cm級測位の現場」(Kindle Unlimited対応)
開発者より: アプリ・Kindle本・オープンソースの一覧は GitHub: amru195704 にまとめています。
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