
地球の重さは何キログラム? — 5.97×10²⁴kgという数字の精度が意外と悪い理由と、GNSSが毎秒使っている「GM」
地球は約60垓トンです。
現場で受信機の画面に「Fix」が出るまでのあいだ、機械は上空の衛星がいまどこにいるかを計算し続けています。その軌道計算には、地球の重さが入ってきます。では、その重さは誰がどうやって測ったのでしょうか。
答えは 5.9722×10²⁴kg、天秤ではなく「落ち方」から求めた値です。ただし——この数字は、受信機が実際に使っている値ではありません。
まず、数字そのもの
| 表し方 | 値 |
|---|---|
| キログラム | 約 5.9722×10²⁴ kg |
| トン | 約 5.97×10²¹ t |
| 日本語の数詞で | 約 60垓(がい)トン |
垓は京(けい)の上、10²⁰ です。日常で使う単位に落とすと、もう意味を持たない大きさになります。
そして、この4桁目は資料によって違います。CODATA 2006 は 5.9722(6)×10²⁴ kg、国際測地学協会(IAG)系の値は 5.9737(3)×10²⁴ kg、NASA の惑星ファクトシートは 5.9736×10²⁴ kg。どれかが間違っているのではなく、この桁より下は、そもそも決まっていない、というのが正しい理解です。
理由は次の節にあります。
測ったのは「重さ」ではなく「密度」だった
地球を秤に載せることはできません。では最初に測った人は何をしたのか。
1797年から1798年にかけて、イギリスのヘンリー・キャヴェンディッシュが行ったのが有名な実験です。細い針金でつるした棒の両端に小さな鉛球を付け、その脇に大きな鉛球を近づける。鉛球どうしの引力で針金がねじれる角度を測る。装置そのものは1783年ごろに天文学者ジョン・ミッチェルが考案したねじり天秤でした。
ここで重要なのは、キャヴェンディッシュが求めようとしたのは「地球の比重」だったという点です。万有引力定数 G も地球の質量 M も、当時の目標ではありませんでした。実験室の鉛球どうしの引力と、地球が物を落とす力を比べれば、地球が水の何倍の密度かが出る。そこから半径と体積を掛ければ質量になる——という道筋です。
「万有引力定数が求められる」と気づいたのは、後年の科学者でした。
なぜ、いまでも地球の質量は精度が悪いのか
現代の測り方は、キャヴェンディッシュの延長にはありません。人工衛星が地球のまわりをどう回るかを見て、GM(地心重力定数、G × 地球質量)をまとめて1つの量として求めます。
そして質量を出したければ、こう割ります。
M = GM ÷ G
問題は右辺の分母です。万有引力定数 G は、CODATA 2022 の推奨値で 6.67430(15)×10⁻¹¹ m³kg⁻¹s⁻²、相対標準不確かさは 22 ppm(2.2×10⁻⁵)。物理定数のなかでも飛び抜けて精度が悪い部類です。実験室スケールの引力は、あまりに弱い。
一方の GM は、衛星の運動から桁違いに高い精度で決まります。つまり——
GM は精密に分かっている。G は粗い。だから、その割り算で出てくる質量 M も粗くなる。
地球の質量が5桁目で揺れているのは、地球のことが分かっていないからではなく、実験室の G が足を引っ張っているからです。
GNSSが使っているのは、質量ではなく GM
ここが現場と地続きになるところです。
衛星の軌道を計算する式に出てくるのは、G と M が別々にではなく、必ず GM という積の形です。ケプラー運動でも摂動計算でも同じ。したがって受信機側は、地球が何キログラムかを知る必要がまったくありません。GM という1つの数さえあればいい。
その GM は、測地系の定義そのものに書き込まれています。
| 系 | GM の値(m³/s²) |
|---|---|
| GRS80(定義値) | 3 986 005 × 10⁸ |
| WGS84 | 3.986004418 × 10¹⁴ |
差は 5.82×10⁷ m³/s²、相対で約 1.5×10⁻⁷ です。桁で見ればごくわずかですが、GRS80 と WGS84 は「同じもの」ではないことの、もっとも分かりやすい現れの1つでもあります。

GRS80は「形」ではなく「重力場」で定義されている
もう一歩だけ踏み込みます。
GRS80 という言葉を、多くの人は「長半径 6378137m、扁平率 1/298.257222101 の楕円体」として覚えています。ところが GRS80 の定義値は4つで、そのうち3つは物理定数です。
| 定義値 | 記号 | 値 |
|---|---|---|
| 長半径(幾何学定数) | a | 6 378 137 m |
| 地心重力定数(大気を含む) | GM | 3 986 005 × 10⁸ m³/s² |
| 力学的形状係数 | J₂ | 108 263 × 10⁻⁸ |
| 自転角速度 | ω | 7 292 115 × 10⁻¹¹ s⁻¹ |
扁平率はこの4つから導いた値で、定義そのものではありません(導出値の逆数を小数9桁に丸めて定義値扱いにしてよい、という書き方になっています)。
つまり GRS80 は、「地球はこういう形をしている」ではなく「地球はこういう重力場を持って、この速さで回っている」という定義です。楕円体の潰れ具合は、その帰結として出てくる。地球が潰れているのは自転しているからだ、という物理が、そのまま定義の順序になっています。
J₂(地球の潰れ具合が重力場に出てくる項)は、衛星軌道を毎日わずかに回します。みちびきの準天頂軌道が長期間かたちを保てるのも、この項を織り込んだ設計があるからです。
では、現場で何が変わるのか
正直に書くと、日々の観測で GM を意識することはありません。 補正データを受け、Fix を待ち、点を打つ。その間に GM は一度も画面に出てきません。
それでも、この数字の性格を知っておくと切り分けが1つ増えます。
- 軌道の情報は、受信機がゼロから計算しているのではなく「与えられている」。放送暦・精密暦として降ってくるものを使う。だから軌道側の誤差は、こちらの機材やアンテナ設置では改善できない
- GM や J₂ は測地系の定義に固定された値で、日々更新されるものではない。日ごとに変わるのは衛星の位置と大気・電離圏の状態のほう
- 「GRS80 と WGS84 の違い」は、楕円体の形の話だけではない。GM のような物理定数まで含めて、わずかに違う2つの体系だと理解しておくと、ライブラリやソフトのパラメータ表を読むときに迷わない
現場で効くのは、この3つ目です。設定画面に GRS80 と WGS84 が並んでいて、どちらでも大差ない——という感覚は正しいのですが、「なぜ大差ないのか」を説明できるかどうかで、トラブル時の切り分け速度が変わります。
まとめ
- 地球の質量は約 5.9722×10²⁴ kg(約60垓トン)。ただし4桁目は資料によって違う
- 最初に測ったキャヴェンディッシュ(1797〜1798年)の目的は、質量でも万有引力定数でもなく地球の比重だった
- いま精密に分かっているのは質量ではなく GM(G × 質量)。質量は GM を G で割って出すため、G の 22 ppm という粗さがそのまま乗る
- GNSS の軌道計算に必要なのは GM だけ。受信機は地球が何キログラムかを知らなくていい
- GRS80 の定義値4つのうち3つは物理定数(GM・J₂・ω)。楕円体は形ではなく重力場として定義されている
現場の座標が「どの体系の値なのか」を単点で突き合わせたいときは、変換側で確かめるのが早い方法です。GeoConverter Pro は旧日本測地系・JGD2000/2011/2024 と平面直角19系の相互変換をオフラインで行えます。
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本記事の物理定数は2026年8月時点の公表値です。CODATA の推奨値は改訂されるため、精密計算に使う際は最新版を確認してください。
出典
- GRS80(定義値4つ・導出値) https://ja.wikipedia.org/wiki/GRS80
- 国土地理院「GRS80楕円体とは何か。」(世界測地系移行に関する質問集) https://www.gsi.go.jp/LAW/G2000-g2000faq-1.htm
- CODATA Recommended Values of the Fundamental Physical Constants: 2022 https://physics.nist.gov/cuu/pdf/wall_2022.pdf
- キャヴェンディッシュの実験 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%81%AE%E5%AE%9F%E9%A8%93
- 万有引力定数 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%87%E6%9C%89%E5%BC%95%E5%8A%9B%E5%AE%9A%E6%95%B0
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