
ハワイは日本に近づいている? — 年6〜8cmを実際に測った電波望遠鏡と、「いつかくっつく」とは限らない理由
近づいているのは本当です。 ハワイが乗る太平洋プレートは年6〜8cmの速さで北西へ動いていて、日本との距離は縮み続けています。しかもこれは推測ではなく、1980年代の日米共同のVLBI観測が実際に測った値です。ただし「いつかくっつく」かというと、そうはなりません。間の海底が海溝で先に沈み込んでしまうからです。
「年に数cm近づいている」は誰が測ったのか
プレートが動いていること自体は、1960年代にプレートテクトニクスとして理論的に整理されました。ですが「理論として正しそう」と「実際に測って確かめた」は別の話です。
日本でそれを測ったのが、VLBI(超長基線電波干渉法)でした。国土地理院がまとめているVLBIの年表には、こう記されています。
昭和60年11月 電波研究所が日米VLBI実験によりプレートテクトニクス理論を検証(ハワイ、マーシャル諸島が年に数cm日本に接近)
1985年11月です。茨城県鹿嶋市にあった鹿島26mアンテナ(1968年完成、1992年に国土地理院へ移管、2003年解体)と、ハワイ・カウアイ島のコキーパーク観測局などを結んだ観測でした。「近づいている」は、地球の裏側の理論ではなく、日本の設備が自分で測った結果として出てきた数字です。
国土地理院時報の「つくばVLBI観測局 その功績について」も、VLBIの導入目的をはっきり書いています。
国土地理院は,プレート運動の検出,海面変動の監視等を目的として,1980 年代から直径 5 m の可搬型アンテナ及び鹿島 26 m アンテナを使用して VLBI 観測を開始した.
つまり、プレート運動を測ることは副産物ではなく、最初からの目的でした。
なぜ6,000km先のアンテナとの距離が数mmで測れるのか
VLBIの原理は、現場でRTKを扱っている人ほど腑に落ちると思います。やっていることは「遠くの電波源からの到達時刻の差を測る」、それだけです。
- 数十億光年かなたのクェーサーが放った電波を、離れた複数のパラボラアンテナで同時に受ける
- アンテナの位置が違うぶん、到達時刻がわずかに(0.02秒以下)ずれる
- 原子時計でその遅延時間を測る
- 遅延時間に光速を掛け、天体の方向を考慮すると、アンテナ間の距離が出る
- これを多数の天体について繰り返し、位置関係を決める
国土地理院の説明によれば、この方法で数千km離れたアンテナ間の距離をわずか数mmの誤差で測れます。
RTKの相対測位と考え方はよく似ています。違うのは、基準にしているのが高度2万kmの人工衛星ではなく、事実上動かない(ように見える)クェーサーだという点です。基準が動かないので、アンテナの側が動いたことを疑う余地なく示せる——だからプレート運動の検証に使われました。
観測局はその後、鹿島26m → つくば32m(1998年完成、2016年運用終了、2017年解体)→ 石岡13.2m(2014年完成、2016年本格運用)と引き継がれています。
6,200km ÷ 年8cm = 約7,800万年
では、いつ着くのか。地球を半径6,371kmの球とみなして大円距離を計算すると、東京(北緯35.681°・東経139.767°)とホノルル(北緯21.307°・西経157.858°)の間は約6,200kmです。
| 移動速度 | 6,200kmを詰めるのにかかる時間 |
|---|---|
| 年6cm | 約1億300万年 |
| 年7cm | 約8,900万年 |
| 年8cm | 約7,800万年 |
「8,000万年後にハワイと日本がくっつく」という言い方をよく見かけますが、その根拠はこの割り算です。桁として大きく外れてはいません。
身近な数字に落とすと、年6〜8cmは100年で6〜8m。一生のうちに人の背丈の数倍ぶん近づく、という速さです。測量の目から見ると、これは無視できる量ではまったくありません。
それでも「くっつく」とは限らない — ハワイの「先輩」はもう沈み込んでいる
ここからが本題です。上の割り算には、海底がそのまま残り続けるという前提が隠れています。実際には残りません。
太平洋プレートは日本列島の東側で、日本海溝・千島海溝に沈み込んでいます。近づいてくる海底は、日本に到達する前に海溝へ潜っていくのです。ベルトコンベアの上を歩いてくる人が、端で床下へ吸い込まれていくようなものです。
しかもこれは仮定の話ではなく、すでに起きているところを見ることができます。
ハワイ諸島から北へ、太平洋の海底には火山島の跡が一列に並んでいます。天皇海山列です。ハワイのホットスポットが作った「ハワイの先輩たち」で、北へ行くほど古く、沈んで海山になっています。そしてこの列の北端は、カムチャツカ半島沖の千島海溝に達していて、太平洋プレートとともに沈み込み始めています。
つまり、「ハワイが日本の方へ運ばれていく」の結末は、すでに列の先頭で進行中ということです。海山が沈み込むと、その上の火山活動や地震の起き方にも影響が出ることが、JAMSTECと東京工業大学の研究で報告されています。
この列は途中で向きが折れ曲がっており、太平洋プレートの動く向きが昔と今で変わったことを示していると考えられています。プレートの速さも向きも、何千万年も一定だと決めつけられない——長い時間の予測に「年8cm」をそのまま掛け算することの限界は、ここにもあります。
いまは、GNSSが毎日測っている
VLBIが「動いている」ことを示した後、測り続ける役割は主にGNSSへ移りました。日本国内には電子基準点(GEONET)が全国に展開され、毎日その座標が計算されています。

VLBIは現在も、ITRF(国際地球基準座標系)という世界共通のものさしを作る側で働いています。GNSS・SLR・DORISと統合解析され、そのITRFの上に日本の測地成果が乗っています。
現場で「基準局の座標」として打ち込んでいる数字は、この長い鎖の末端にあります。その鎖の途中に、ハワイまでの距離を測った電波望遠鏡が入っているわけです。
現場の話に戻すと:座標には「いつの座標か」が要る
年6〜8cmで動いているという事実は、実務に直接はね返ってきます。
- 座標には元期(いつの時点の座標か)が必要になる。動いているものに「位置」だけを与えても意味が定まらない
- セミダイナミック補正は、この定常的な動きを元期へ戻すための仕組み
- 地震のような急な変動は、PatchJGD などの別枠で扱う
「ハワイが近づいている」という雑学と、現場で毎回選んでいる補正パラメータの年度は、同じ現象の違う見え方です。前者を知っていると、後者が「決まりだからやる作業」ではなくなります。
まとめ
- ハワイは日本に近づいている。太平洋プレートは年6〜8cmで北西へ動いている
- これを測ったのは日米共同のVLBI観測(1985年11月、国土地理院のVLBI年表に「年に数cm日本に接近」と記録)
- VLBIはクェーサーの電波の到達時刻差を使い、数千km離れたアンテナ間を数mmの誤差で測る
- 6,200km ÷ 年6〜8cm = 約7,800万〜1億300万年。ただしこれは海底が残る前提の単純計算
- 実際には間の海底が海溝で沈み込む。天皇海山列の北端はすでに千島海溝へ潜り始めている
- いまはGNSS(電子基準点)が毎日測り、VLBIはITRFを支える側に回っている
- この「年数cm」が、元期・セミダイナミック補正という現場の手順の根拠になっている
出典
- VLBIとは — 国土地理院: https://www.gsi.go.jp/uchusokuchi/vlbi-about.html
- 梅井迪子ほか「つくばVLBI観測局 その功績について」国土地理院時報 2017 No.129: https://www.gsi.go.jp/common/000194080.pdf
- 石岡測地観測局 — 国土地理院: https://www.gsi.go.jp/uchusokuchi/vlbi-igos.html
- プレートテクトニクス — 防災科学技術研究所 Hi-net: https://www.hinet.bosai.go.jp/about_earthquake/sec4.1.html
- 沈み込んだ海山が引き起こした予期せぬ火山活動 — JAMSTEC・東京工業大学 プレスリリース(2017-09-14): https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/archive/2017/20170914_2.pdf
本記事で計算した値
| 値 | 根拠 |
|---|---|
| 東京〜ホノルル 約6,200km | 半径6,371kmの球として大円距離を python3 で計算(35.681236, 139.767125 / 21.3069, −157.8583) |
| 約7,800万年(年8cm) | 6,200,000 m ÷ 0.08 m/年 |
| 約1億300万年(年6cm) | 6,200,000 m ÷ 0.06 m/年 |
| 100年で6〜8m | 年6〜8cm × 100 |
移動速度の年6〜8cmは観測とモデルで幅のある値です。本記事は日本付近の太平洋プレートについて一般に示される範囲を使い、断定を避けて幅のまま扱っています。
次に確認する
- 日本列島はいつ大陸から離れた? — 同じ「プレートで運ばれる」話を、日本列島そのものについて読めます
- 海の底でGNSSは使えるのか? — 沈み込む側の海底がどれだけ動いているかを、音波で測る話です
- 電子基準点網(GEONET)の強靱化 — いま毎日プレート運動を測っている設備の中身が分かります
- 世界測地系ITRFとは(GeoPrism JP) — VLBIが支えている「世界共通のものさし」を図で確かめられます
- 書籍でまとめて学ぶ: 『日本の測地系Q&A』第7章「地震と動く日本列島」(Kindle Unlimited対応)
開発者より: アプリ・Kindle本・公開プロジェクトの一覧は GitHub: amru195704 にまとめています。
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