常磐線はなぜ途中から交流電化なのか? — 柿岡の地磁気観測所に届く35kmと、1912年に東京から移った理由


常磐線はなぜ途中から交流電化なのか? — 柿岡の地磁気観測所に届く35kmと、1912年に東京から移った理由

常磐線はなぜ途中から交流電化なのか? — 柿岡の地磁気観測所に届く35kmと、1912年に東京から移った理由

茨城県石岡市柿岡にある気象庁の地磁気観測所に、直流電車の漏洩電流が届いてしまうからです。 電車を走らせる電流はレールから地面に漏れ、広がって磁気を作ります。その広がりは直流のほうが大きく、直流方式では影響が35km程度にまで及びます。だからJR常磐線は取手と藤代の間で、直流から交流へ電化方式を切り替えています。

電車の電流は、レールから地面へ漏れている

気象庁地磁気観測所の説明を追うと、仕組みは単純です。

  1. 電車を走らせる電流は、パンタグラフ → モーター → レールへ流れる
  2. レールに流れた電流の一部は地面に漏洩し、かなり遠いところまで広がる
  3. 周辺に広がった電流が磁気を作り、地磁気観測に影響を与える

そして決定的なのがここです。

電流には交流と直流があり、漏洩電流の広がりは直流の方が大きくなります。直流方式で運行される電車では、地磁気観測への影響が35km程度にまで及びます。

交流なら広がりが小さい。だから観測所に近い区間だけ交流にすれば、鉄道も観測も両立します。

2本の路線が、同じ理由で切り替えている

路線 切り替え区間 観測所に近い側
JR常磐線 取手と藤代の間 交流
つくばエクスプレス(2005年開業) 守谷とみらい平の間 交流(北側)

常磐線については、気象庁の説明に当時の体験が書き添えられています。

以前は、切り替えのためにこの区間で車内照明が消えていたので、利用者にもよく知られていました。

つくばエクスプレスは2005年の開業時点で同じ制約に従い、東京寄りは直流、守谷とみらい平の間から北(観測所に近い方)は交流で運行しています。100年前に決まった観測所の立地が、21世紀に開業した路線の電化方式まで決めているという構図です。

そもそも、なぜ柿岡なのか——東京で電車が走ったから

因果の順序が逆です。鉄道が観測所を避けているのではなく、観測所が鉄道を避けて東京から出てきたのです。

気象庁地磁気観測所の沿革によれば、

  • 日本の公的機関で地磁気観測が最初に行われたのは1883年(明治16年)3月15日。第1回極年観測が契機で、場所は東京の赤坂今井町、工部省電信局用地内
  • 気象庁の前身である中央気象台で本格的に地磁気観測が開始されたのは1897年
  • その後、東京で電車が走ることになり、1912年(大正元年)12月に現在の柿岡(茨城県石岡市)へ移転。翌年から現在まで観測が継続している

移転から1世紀以上、同じ場所で続いている観測データだからこそ、長期の地磁気永年変化が読める。移転はその連続性を守るための判断でした。

自動車1台でも効く——0.1nTという分解度

鉄道だけが問題なのではありません。気象庁が挙げている影響量は次のとおりです。

影響源 距離 影響量
普通の乗用車(1000〜1500cc程度) 100m程度 1nT程度
同じ自動車 50m 8nT

そして観測の分解度は0.1nT程度です。50mに車が1台入ると、分解度の80倍の乱れになり、「何を観測しているか分からなくなってしまう」と書かれています。

日本付近の地磁気の強さは磁束密度で約46,000nT。一日の変化は通常数十nT程度で、これは地磁気の強さの0.1%程度にあたります。測りたい変化が全体の0.1%で、分解度が0.1nT——そこに車1台で8nT入る。精度の桁を揃えて見ると、35kmという数字の重さが分かります。

建物も同じです。鉄骨構造の建物は鉄材の使用量が多く影響量も大きい。しかも自動車と違い、建物ができた後ずっと影響が継続します。だから観測所は広い敷地を確保し、観測室の建物には鉄を使わない構造を採っています。

現場の測量とつながるところ

観測網の密度が、まるで違う

地磁気の定常観測は、柿岡・女満別・鹿屋の3観測施設と父島観測点で行われています。測量の基準点網と比べると、点の数が2桁以上違います。

日本列島の上に基準点を並べて網でつないだ説明図

基準点は「その場所の座標を与える」ので、現場の近くに必要です。地磁気観測は「地球規模の場の変化を、人工ノイズのない場所で長期に記録する」ので、点の数より1点の静けさと継続性が要る。測るものが違えば、網の設計も変わります。

数字が変わったのに、場所は動いていない

地磁気観測所のお知らせに、測量の側から見て面白い記録が残っています。平成14年(2002年)4月からの測量法改正による位置座標の日本測地系2000への移行に伴い、各観測所の位置情報が変更されました。

日本測地系2000での値(同お知らせより):

観測所 緯度 経度 高さ
柿岡 36°13′56″ 140°11′11″ 36m
女満別 43°54′36″ 144°11′19″ 42m
鹿屋 31°25′27″ 130°52′48″ 107m
父島 27°05′46″ 142°11′06″ 155m

このとき観測所の位置の定義も見直され、地磁気絶対値基準点の測器の中心に統一されました。その結果、女満別の緯度経度と各観測所の高さに変更が生じています。

ただし、お知らせはこう明記しています。

各観測所の観測点の移動はなく、また、座標表記の変更に伴う地磁気観測値の変更もありません。

測地系の切り替えで座標の数字が動くのに、現地のものは1mmも動いていない。測地成果の改定を現場で説明するとき、これ以上に分かりやすい実例はそう多くありません。

磁北を使うなら、この観測の上に乗っている

方位磁針のN極が真北から偏る角度が偏角、下を向く角度が伏角です(気象庁の説明より)。現場で磁気コンパスの値を方位として扱うなら、その補正量は各地の地磁気の観測に支えられています。

磁気嵐が起きると地磁気は激しく変化します。気象庁は、磁気嵐の時には地磁気を姿勢の基準に使う人工衛星の制御が難しくなり、大きな磁気嵐では衛星を使った放送や通信に支障が出る場合さえあると書いています。電離層が乱れる側の話は、測位の精度に直接返ってきます。

まとめ

  • 直流電車の漏洩電流は地面を広く伝わり、直流方式では地磁気観測への影響が35km程度に及ぶ
  • だからJR常磐線は取手〜藤代で、つくばエクスプレスは守谷〜みらい平から北で交流に切り替えている
  • 柿岡にあるのは、東京で電車が走ることになったため1912年12月に移転したから。原因と結果の順序は鉄道が先ではない
  • 影響は鉄道だけではない。乗用車1台が50mに入れば8nT、観測の分解度は0.1nT程度、日本の地磁気は約46,000nT
  • 2002年の日本測地系2000への移行で観測所の座標値は変わったが、観測点は動いておらず、地磁気の観測値も変わっていない

出典

  • 気象庁地磁気観測所「地球電磁気のQ&A」Q18(漏洩電流・直流と交流の広がりの差・35km・常磐線 取手〜藤代・つくばエクスプレス 守谷〜みらい平・自動車と建物の影響量・分解度0.1nT)、Q16(1883年の最初の観測・1897年の本格開始・1912年12月の柿岡移転)、Q2(日本の地磁気の強さ約46,000nT・一日の変化)、Q3(偏角・伏角)、Q7(磁気嵐と人工衛星) https://www.kakioka-jma.go.jp/knowledge/qanda.html
  • 気象庁地磁気観測所「地磁気観測所の位置情報変更のお知らせ」(測量法改正による日本測地系2000への移行・位置の定義を地磁気絶対値基準点の測器の中心に統一・4観測点の座標と高さ・観測点の移動なし) https://www.kakioka-jma.go.jp/info/geod.html
  • 気象庁地磁気観測所(観測施設の構成・所在地) https://www.kakioka-jma.go.jp/

本記事の数値と区間は2026年10月時点の気象庁地磁気観測所の公開内容に基づきます。観測所の位置情報は日本測地系2000での公表値です。


次に確認する


開発者より: アプリ・Kindle本・公開プロジェクトの一覧は GitHub: amru195704 にまとめています。


お願い
本記事の情報は参考目的で掲載しており、正確性・完全性を保証するものではありません。誤記・不正確な情報がございましたら、コメント欄よりご指摘いただければ、確認のうえ修正いたします。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

トップへ戻る